貴重♪「夜のヒットスタジオ」81年アダム&ジ・アンツとジュリー 日米ビジュアル・スターが対決した日

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断捨離も少しずつ板につきまして、自宅のビデオなど時々整理したくなる。


すると定期的にど~しても見たくなるものが不意に目につく。で、やっぱりデッキに入れると鑑賞してしまう。ループ状態が何年も続く大切なビデオは、やっぱり処分できない。


そんなひとつがコレです!


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「夜のヒットスタジオ」1981年10/21日放映  海外ゲスト 「アダム&ジ・アンツ」 


彼らは当時イギリスで奇抜なファッションと、ポストパンクとニューウェイヴ融合のような革新的音楽で大フィーバー。社会現象を巻き起こしていたロックバンド。 初来日ツアーを兼ねて来日したおり、夜ヒット生出演、生演奏を披露。


しかもーその日の出演者の中には新曲「ストリッパー」を引っ提げたジュリーがいたのだから、まさに日米のビジュアル対決。当時の夜ヒット=旬の海外スター出演も多く、セットも制作費も多額。たぶんギャラも破格だったに違いない。


アダム&ジ・アンツとジュリー! 洋楽に真正面から張り合えた日本人ジュリー。これがまたスゴカッた。


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歌を披露する直前インタビューに答えるアダム・アント。奇抜なパイレーツ・ファッションはいま見ても斬新。


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アクセントとして、手に彩られた宝石類の豪華なこと。 


じつは、、コレはもちろん当時はカラー放映。ーけれど当日、家のビデオの不具合でカラー調整が上手くいかないというハプニングが発生したのでした~!家族にビデオ操作など巧みに操れる人間などいるわけもなく~~; テレビの前で歯ぎしりしながら録画したもの。


なにしろ彼らが出演すると知ったときから、洋楽ファンの友達と興奮しまくり! この日は学校にいても心ソワソワ。


ヘンな緊張感とワクワク感は爆発寸前。 放送がだんだん近づくにつれ、その気持ちも夜には最高潮へ!


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カラーでのアダム・ジ・アンツ。(切り抜きから )ニューヨーク・ドールズ、セックス・ピストルズ、のちのパウワウワウなどを手掛けた曲者プロデューサー、マルコム・マクラーレンの元1977年に見いだされ、メンバーチェンジを繰り返した後、ついに81年英国で大旋風。


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これも当時の切り抜きから) 大好きだったものだから、友達らとの交換日記にもベタベタとフォトを貼りまくり状態。当時の英国ファンの熱狂ぶりがうかがえる写真の数々。子供から大人も、みんな鼻にチューブの歯磨き粉を塗りたくり^^海賊ファッションに身をつつみアダム&ジ・アンツを聴いて踊りまくるという。


あのダイアナ妃までファンだという話までニュースで取り上げられたり。


80年代初頭イギリス音楽界は空前のニュー・ロマンティック・ブーム。彼らをはじめ日本でもお馴染みデュランデュラン、スパンダー・バレエなど、その音楽性や話題性はどんどん日本へも流れてきていた矢先。


それでもー現在のようにネットなどあるワケもなく、MTVが一般化するの少々先。洋楽情報はラジオ、雑誌しかせいぜいないその中で「夜ヒット」が人気海外アーティストを定期的に出演させるという神業をいくつもやっていた…


その度量と器の深さ! 恐れ入ります!


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司会 芳村真理さん 「とにかくイギリスでもいまスゴイことになってるの。近くにいても華やか、迫力がね、もう負けそうでね。日本でもチケットが取れないらしいの。  ねえ、メイクなんか、メーキャップアーティストがやってるの?」 


通訳を介し 「いえ、全部自分でやってます」 真理さん「わーほんと!?」 はにかむアダムの表情がカワイイのでした。


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真理さん 「それでは皆さん、お待たせしました! ちょっと緊張してるみたいね。イギリスから届いたホヤホヤの音。さあ~頑張ってやってもらいましょう!」


肩をポンポンッ!(^^)!当時のアダム・アントに、これほどフレンドリーに接してしまえる司会者。やはり芳村真理さんスゴ―!!


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さあ、「Standand Deliver スタンド・アンド・デリバー」初披露。 80年アルバム初1位獲得に続き、すでに1981年5月に5週間英国でNo.1を獲得したシングル曲であり、ここ日本でもこの時点でもっともメジャーな彼らの代表曲となった曲。


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熱唱するアダム&ジ・アンツ もちろんバンドが生演奏、ナマ歌。日本の音楽マーケティングは絶大。海外アーティストも真剣一発勝負。 一曲にかける意気込みがビシビシッ伝わってきたのです。


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「チェス」をイメージしモノトーンで統一されたセット。「夜ヒット」生放映中、人の手におけるハイスピードセット美術は、もはや芸術の域。毎回、練るに練られたセットを見るのもまた楽しみのひとつ。


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圧巻パフォーマンス! しかしーこのアダム・ジ&アンツ。このあと様々なトラブル。メンバー同士の相違から翌年82年になんと早々と解散してしまう。ファンの友人たち共々どっと落ちこみました。英国から発信されるムーブメントは世界中のどこよりも移り変わりが早いものだと実感させられたのもこのとき。


彼らの絶頂期パフォーマンスが日本で見られたのはつくづく貴重なことだった。



驚くべきことに、彼らが夜ヒット直後に、東京で行った「中野サンプラザ」のコンサートがFullでUPされている。「スタンド・アンド・デリバー」は早々と一曲目。 日本のファン大歓声、熱狂ぶりが伝わってくるフィルム。


これを見ればアダム&ジ・アンツが決してヴィジュアルだけではない実力派バンドだったことが証明されている。それにしても40年前だというのに高画質なこと! いま見ても一言「カッコイイ~!!」彼らのPV再生回数が世界的に未だ衰えないのも、うなづけます!


そして、、忘れてはならないことがもうひとつ。


この夜ヒット同日に、ジュリー。沢田研二も出演しアダムに引けを取らない堂々っぷりを見せてくれていたのでした。


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番組最初のトーク。ジュリーもロンドン帰り。英国でのアダム&ジ・アンツ人気の凄まじさを本場で体験したエピソードを語り、井上順曰く 「ジュリーとアダム。日米ハデハデ対決だね。ジュリーはキレイ。アダムはヤンチャ坊主って感じね」と言われテレ笑い。


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いや~まったく負けてないです(笑) 新曲「ストリッパー」を初めて披露する日でもあり少々緊張気味。


当時、驚いたのはファッションは明らかにニューロマンティックを意識しながらも、曲のニュアンスはまったく違うものだったこと。


それはーロマンティック派と同じくらいにイギリスにもうひとつの再ブームを巻き起こしていた音楽。ストレイ・キャッツやシェイキン・スティーブンスなどに代表されていたロカビリー路線を「ストリッパー」に丸ごと取り入れていたから。


洋楽ファンもド肝を抜かれたけれど、この時スタジオにいたアダム&ジ・アンツのメンバーはもっと驚いたに違いない。


「へ―ッ日本人もなかなかヤルナな」と。



同日「ストリッパー」 作詞三浦徳子 作曲沢田研二  バックバンド EXOTICSもムチャクチャにキマッテル! スライダーズを意識してますよね?


70年代半ば以降。いわば阿久悠時代の沢田研二は別格。何物にも代えがたい存在感と歌の魅力がある。


けれどわたしの周りの友人はじつは「ストリッパー」のころのジュリーが一番カッコイイという人も多い。


わたしもここから「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」くらいまでの曲を癖になるほど聴きまくる時があります。


世間はすでにアイドル一色になりつつあったころ。最先端洋楽を「ジュリー」という金看板を背負いながら、沢田研二は自由に冒険し、チャートから少々落ちようが、チャレンジし続けていた。


よくよく考えてみると、81年イギリス系ビジュアルバンドと堂々肩を並べ、ロックの流行りを取り入れ、洒脱に振る舞いブラウン管に収まる日本人があのころいただろうか?と…やっぱりジュリーくらいしか思い浮かばない。


だから逆にいま聴いても全然古くない。


おおくの流行歌が古びて誰も思い出せなくなった曲たちがたくさんある中。ロックしてる~いまの若い人たちがこの辺りのジュリー動画を見て、溜息と羨望を感じるのも当然ちゃ当然エヘン笑


「日本のディヴィッド・ボウイですよね」 数年前ージュリー全盛期を知らない、レッチリファンの後輩が尋ねてきました。


「その通り( ◠‿◠ ) 」! 即答したわたしでした。


番組もいよいよ終盤へ~


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ゲストみんなで一緒に笑顔。 飾らないアダムアントが見れたのも夜ヒットならでは。


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またいつか・・がないまま解散してしまったアダム・&ジ・アンツ…


その後アダムはソロとなり、アメリカでもヒットを飛ばすなど活動するも、メンタルヘルスの問題を抱えトラブルが続いたことも。しかし結局音楽への愛は強くファンの支持をうけ、今もパイレーツ・ファッション勇ましく昨年もコロナ禍の中、英国ツアーを達成させた。


人生いろいろあったが歌が好きなことに変わりなく。それが現在も彼を支えているようです。


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ジュリーもずっとジュリー。ずっとロックを歌い続けている、こだわりブレない姿勢。


はるか熱烈なファンの方は日本中にたくさんいらっしゃると思いますが、昭和40年代以降の歌謡界において山口百恵と並び、最大の稀有であるスーパースターだった人。


子供の頃からジュリーをそう感じてきたわたしの崇拝心は、この先もずっと変わらないことでしょう。


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「また来週~」みんなでバイバイするのも恒例。 もう二度とこのような巨大で偉大な歌番組は制作できない。


生バンドにフルコース。新人もここに出れば認められた。80年代半ば以降、さすがに洋楽ゲストは衛星生中継となり口パクも多くなっていったけれど、それでも海外スターの生声が聴けることはたまらない楽しさでした。


ほかにいくつも歌番組があったはずなのに、決して忘れられない。アーティストたち本気の息づかいと永遠に記憶に残ってゆく名場面。それが「夜のヒットスタジオ」であり、出演した数々の歌手たち、バックバンド、オーケストラ、そして真理さん順さんありがとう。



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Comments 2

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ギターマジシャン  
夜のヒットスタジオ

夜のヒットスタジオは、オープニングで次に出てくる人の曲を歌って紹介していくカバーソングコーナー(?)も良かったですし、当時は当たり前でしたが、生バンドが演奏、番組専属のニューブリードだったり、バックバンドがきちんとやっていました。

アダム&ジ・アンツが出たのは知りませんでしたが、そこへジュリーをぶつけてきたのは、明らかに制作サイドが意識していますよね。

中野サンプラザの映像を拝見しましたが、ボーカルだって、単にファッションでギターをぶら下げるのではなく、ちゃんと演奏していて、実力バンドというのがうかがえます。
(というか、これが当たり前でしたよね)

2021/03/02 (Tue) 00:44 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
Re: 夜のヒットスタジオ

ギターマジシャンさま

こんばんは♪
コメントありがとうございます(*^-^*)

夜ヒットは何から何まで贅沢でしたね♪ 夜10時からというのもすこし大人の気分になったつもりで音楽を楽しめる感覚で、子供時代から青春期にかけて、なくてはならない歌番組でした。

生バンドというのも考えるとつくづく贅沢。ギターマジシャンさんはご自分でもプレイなさるので、そのスゴサをよりきっと体感されていたのでしょうね。生演奏と完璧なセット。カメラワークも芸術的。あの中で歌えるなんて「歌手」の方々もプロ!になったんだって気合入ったでしょうね。同時に緊張でガクガクだったはずゞいつしか番組でトリまでとるようになると一流の証。長い間続いた番組だったので一人の歌手の成長の証まで見ることが出来たし。

海外スターもアメリカの大物からUKバリバリ旬のアーティストもたくさん出演し、U2とかマドンナ、ブレイク前のボン・ジョヴィとか。みんなあれからさらにビッグになっていき超貴重な瞬間でした。

アダム&ジ・アンツ
当時、音楽やファッションの最先端はみんなイギリスからとまで言われていたころ、彼らも下積み生活長く、紆余曲折あってのデビューだったようだしライブ画像みてわたしも改めてビックリ。ハードで演奏もしっかりしてますね。網の目のようなUKシーンからデビューし生き抜くには実力ありきなんですね。何十年も前なのにまた惚れなおしちゃいました^^

2021/03/02 (Tue) 19:13 | EDIT | REPLY |   

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