ザ・ビートルズ 洋楽との出会い 祝ファン歴30数年♪ 来日50周年♪

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思えば、ビートルズを好きになったのが洋楽との出会いであり、世界との出会いでもありました。

ザ・ビートルズ、今年は、日本来日50周年です

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こんな風に書くと、何だか大袈裟に思えますが、ビートルズと出会うことがなかったら、あの時、あの時代、好きにならなかったら、私の人生は何とも味気ないものになっていたかも知れないなぁって。

初めてビートルズの音楽に触れてから、30数年余り、まさに「私の生活の一部」と自然となっていった気がします。

ブログ開設1か月ちょっと(ここは、かなり、こぎづけであるけれど)、ビートルズ・ファン歴、「今年で30数年」 そして今年は「ビートルズ日本来日公演50周年」という年!

全世界に何億人のビートルズ・ファン、そしてビートルズの音楽を耳にした人なら、それぞれに彼等への想いを持ってることは間違いなくこと。

そんな天文学的な数字の全世界のビートルズファンのたった1人。私が大好きなビートルズを緩やかに、でも熱く綴っていけたらと思います。

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私が、初めてビートルズの音楽を聴いたのは、小学校5、6年の頃。

以前の記事にも書いたのですが、その頃の私は「音楽」に目覚めた真っ只中。

山口百恵、ツイスト、甲斐バンド、など大好きな人達の情報を知る為、毎日、日本のチャートやアイドル誌、音楽誌を読むのに夢中な日々。

そんな時、クラスで一番、仲の良かった女の子が、言ってくれた。「ねえ、ビートルズって知ってる?家に何枚かレコードがあったんだよ。それでね、聴いたらスゴクいいんだよ♪良かったら貸すよ」と。

この友達の貸してくれたレコードが、私のその後の人生にこんなに長く寄り添うものになるとは、思うはずもなく。出会いって本当に不思議です。

どうやら、その女の子の家に、数年前、大学生だかの従兄が居候していて、その時、就職で上京時に持っていけず、レコードだけ
大量に置いていってしまったという。

私は、それまで「洋楽」など聴いたこともなかった。

ましてや、洋画に目覚めるのも数年先なので「外国人」なる、未知の文化とはほとんど、いや、まったく詳しく知る由もなかった。しかし、なぜか「ザ・ビートルズ」というグループだけは知っていたのですよね。

それは、「明星」などの付録の歌本などの裏表紙に、レコード大全集などの広告がよく載っていたから。

「映画音楽大全集10枚セット」とか、どこのメーカーから発売されたものか、定かではないけれど、そんな通販セットの中に「20世紀最高のグループ /ザ・ビートルズの音楽をあなたに」なんて、写真と広告が謳われていることが度々あったからです。


「ビートルズ? 20世紀最高のグループ?へーっ、いつの時代の人達なの?」という、まるで遠い昔の偉人を知る感じで、何やらとんでもないスゴイ人たちらしい・・
というのは、分かったが、その時点ではそれだけだったのです。

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↑その頃の世間では、「ビートルズ来日10周年」など、日本では空前のビートルズ再燃ブームが起こっていたらしい。

と、いうより、やはり、こう思うと「日本人」はやっぱりビートルズが好きなんだと思う。そして、それは、今年、来日、50周年になっても変わらないのが素晴らしい。

・・そしてそんな折、その女の子が早速、次の日、ビートルズのシングル盤を学校に持ってきて、3枚だか、4枚を貸してくれました!

これが、後から思うと大変、、価値のある物だったと分かったのです。どういうカップリングだか定かではないのですが、幾つかの当時の赤いソノシートでした。

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どうやら、60年代リアルタイム当時、日本で発売されたEP盤だったらしい。多少、ボロボロであったが、私は「ありがとう」とホクホクとしてそれらを預かり、家のプレイヤーで、早速、それをかけてみたのです。

今、思うと、あの3曲か4曲は、「シー・ラブズ・ユー」「抱きしめたい/こいつ」「ビートルズがやってくる ヤアヤアヤア!(A Hard days naight」「ツイスト & シャウト」


初めてビートルズを聴いたのが、この数曲であったことに感謝しています!
正しく、一番輝いていて、躍動感溢れる時期の彼らの特大ヒット・チューンだったから。

「うわっ、何、コレ!?」

もの凄い衝撃が、バツーンと身体中にかけめぐった。それは、英語だからとか、聴きなれていない音楽への驚きというより、それは、むしろ、逆で・・

「英語で歌ってるのに、それが何の違和感もなく、耳に溶け込んでくる」「私は日本人なのに、まるで洋楽を聴いてる気がしない」
「メロディーが覚えやすくて、しかもリズムが良くて、ウキウキしてくる」

そんな新鮮な喜びたるものだったように思うのです。まさに、その瞬間、私は「ビートルズ」のファンになったのです!

私は、曲を何度もリピートしながら、慌てて、ジャケット写真を確認しましたね。古い、当時のシングルなので、ジャケットもモノクロで鮮明さも、決して良いものではなかったけれど・・。

ふむ、ふむ。私は、4人の顔をずーっと見ていった。(勿論、そこに写っているのは、初期の頃の愛らしいマッシュルームカットの笑顔の4人)
私は、すぐ、ジョン・レノンが一番「好み」と思ってしまったのです
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「20世紀最強のソング・ライティング・コンビのひとつ レノン&マッカートニー」

どうやら、これは、ずっとのちに自分の趣味の傾向が、どっちかというと異性に関しては「顔の四角い」人に魅かれることがある
ことに気付き・・勿論、全てではありませんデス(*ノェノ)

この頃のジョン・レノンは明らかに「四角い」顔に、ガッシリした体型。しかも、簡単なプロフィールを読むと、すでにお子さんまでいて、しかもリーダーであるらしい。

まだ、ビートルズに関して、深くはなーんにも知らない小学生。こういう要素が何だか頼りがいがあって男らしく素敵に見えた。

私が、元々、あまり面食いではないのも関係しているのではないかな?(ジョンのファンの皆様、個人的意見でございます。すいません(^^;

そんな私の傾向があっているのか、レコードを貸してくれたその友達はすんなり「私は、ジョージが一番好きだ」といった。
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写真を見れば、な、納得でございます!

とりあえず、これで、ファンの中で住み分けが出来たよう。「私の方が好きなのよ」などという、何の意味もない「小学生の取り合い」もなく平穏に、二人とも、ビートルズファンにすんなり入っていけたのです。

bid.jpgポールも欧米で、圧倒的ビートルマニアの女の子達の熱狂的支持を集めていた。この甘いマスクに素晴らしいバラッド

ビートルズに、ポールの才能はもとより、このルックスがあったのは、ビートル・マニアを夢中にさせるには十分過ぎる程の要素。

ともかく現在、動画サイトなとで当時のポールを見ると「可愛いくてチャーミング♪」で、正に貴公子か王子様キャラ。

勿論、日本にもポールに恋してた少女は数知れずだったはず。ただ何故か、当時、(本当にたまたま) 不思議なことに私の周りにはポールが一番という女の子がいなかったのです。

むしろ、男の子のファンで熱烈なポールファンが何人もいたのがスゴかった!(肩からかける、ナッブサックに 「PAUL McCartney」と油性マーカーで書いてた男の先輩もいたんですよ~(=゚ω゚)ノ) ルックスは勿論、その音楽的才能に、すでに惚れこんでいたのだろうと思う。

・・そして、音楽の話に戻れば、私はというと、それからはシングルを聴けば、当然、アルバムが聴きたくなってたまらなくなった訳です。

ただ、あの頃、勿論、ファンの方はご存じだろうが、レコード店に行くと、「ザ・ビートルズ・コーナー」は、いつも大量のアルバムで制覇されていたのです。

イギリス・オリジナル盤、アメリカ編集盤、日本編集盤、ベストなど。何から購入していいか、ビートルズ・ファンになったばかりの
ド素人には躊躇するばかりだった。

ましてや、お小遣いもたくさんある訳ではない。さて、どうしたものかと困ってしまったのですが、

どうやら、その頃、「ビートルズの代表曲は「イエスタディ」」これを唱える人達がとても多かった。

70年代後半です。今なら、「イエスタディ」もそうですが、多分、多くの曲がビートルズの代表曲として認知されています。しかし、この頃は何だか断トツで「イエスディ」「ミッシェル」そして「レット・イット・ビー」辺りが最強だった頃。

そこで、私は、ともかく「タイトルに、゛イエスタディ゛と入っていれば間違いない!」と確信して(何しろ、その指針しか思い浮かばなかったので)・・。

そして初めて買ったのが「イエスタディ & トゥディ」というアルバム。
first.jpgアメリカのキャピトルが独自に編集したアルバムだったという事を知ったのは、それから数年先。


一緒に写っているのは、その後、友達と初めて行った、当時の名古屋市民会館で行われた「ビートルズ・フィルム・コンサート」で初めて買った、ビートルズの写真集と&ファン本である。

ともかく、このアルバムでも、「イエスタディ」も勿論、美メロで心に響き渡ったのですが、すでに余り皆の対象として大きくなりすぎていた感もあったり。

それより、何故か私の心を捉えた曲は「アイム・オンリー・スリーピング」だった。ジョンの曲であったのです。

何とも、けだるく、眠そうに、でも不思議なメロディー。しかし、多分、忘れられなくなる曲。ここで、私は多分、「ジョンに2二度惚れ」してしまったのだ思う。

それから、当時は今ほど、洋楽の情報もなく、せいぜい、ラジオと「ミュージック・ライフ」などの音楽雑誌くらい。
「ビートルズ」はその頃でも、日本で圧倒的に人気があったんですよ。

関係本も、他の洋楽アーティストより、よぼど多く出版されていたが、やはり、あの頃、ビートルズの「伝記本」と言えばこれだったのです。

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ハンター・ディヴィス著「ザ・ビートルズ」 ビートルズから初めての認可された公式本という最古の、そして今でも最もファンならまず押さえるべき本だと思う。のちに「アンソロジー本」が発売されるまで、鉄板の「伝記本」といっても良かった。

私は、ここで初めて、彼らの子供時代の写真を見たのです。そして、あのハンブルグ時代の、今では有名になりすぎた皮ジャン姿の彼らのエネルギーを。

しかしもそれにもまして、この伝記に書かれていた、ビートルズのとりわけジョンに関する生い立ちとその彼の学生時代の破天荒ぶりは想像を超えていましたね。

そのカリスマ性に「唖然」として、当時の多感な私にとっては、かなりの衝撃でもあり、また、彼らの魅力をより知る、この本は架け橋となったのです。

jon.jpgそれからは、数々のビートルズ本を読み漁り、レコードも少しずつ買い求めていく日々。

ほぼ全曲も知り得て、そして、彼等の歴史で分からなったことも徐々に分かってゆき、知識としてどんとん増えていったのです。

そして、ジョンが1978年「現在」、隠遁生活同然であること。ポールは、ウィングスで変わらず精力的でヒットを飛ばし続けていること。あの当時、70年代後半のリアル・タイムでの現状も分かってきた。

そして、不思議なことに、まるで時が止まったかのように。それからも、ずっと、解散から46年経った今でも、世界中でザ・ビートルズは私達ファンにとって尽きない議論であり、永遠の夢となっている。

teo.jpgアイドル絶頂期のビートルズ。それぞれの異なる個性が見事に魅力になった。それからの世界のアイドル・グループの「原点」となった気がする。

そしてビートルズファンになって、いつのまにか私は、「いつか、ダコタの前でジョンと会って握手して貰うのが夢」と思うようになって

何とも、無理に決まってる子供の夢の夢だったのだが、あの幼き頃の私は、「大人になったら、いつかジョンに会いたいなあ」と
ファンなら誰でも思う叶うことのない夢を見てた。

そう、あの時、ジョン・レノンは生きていたのです。紛れもなく。

ジョンが生きていた時、同じ空気を地球上で一緒に共有出来た・・そう思うだけで、幸せなことだったんだと今でもつくづく思う。

12月8日の日のことは、私の中では今でもハッキリとの日の空気感まで思い出せます。私はショックと悲しくてたまらず、次の日、学校を休んでしまったのです。しかも、学校の友達みんなが、その休んだ理由を公認?で知っていて心配してくれた。みんなで心を共有出来る、いい時代だったのかも知れませんね。

リアルで体験した「ビートルズ・ファン」にとっては永遠に忘れられない、あの日について、いつかまたお話を綴れればと思います。
本当に大きな悲しい出来事。

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ジョンが生きていたら、、「もし、、」「もし、、」と何度この30何年の間、思ったことがあったろう。複雑で孤独で、でも誰よりも愛を求めた人でもあった様に思う。「鋼のように鋭い曲も、涙が溢れる程の優しい曲も書ける天才」オアシスのリアムが言った言葉である。そしてジョンとポールの友情は不滅のものであると信じています。

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ポールがまだ現役で世界中でツアーして歌ってくれている事、それが何より嬉しい。2年前も、そして昨年も、ポールの生の歌声を聴くと、様々に自分の生きた道までもが浮かんでくる。だから、涙してしまう。ポールもまた色んな苦難を乗り越えて、そしていつも笑顔で私達の前に戻ってきてくれる。本当にありがとうポール。

po.jpgいつも、寡黙で神秘的なイメージだったジョージ

まだ何も分からない少年だった頃から、ジョンとポールいう最強のコンビの中で、成長していった姿をファンはいつも暖かく見ていた。いつもどこかで世の中も自分も冷静に見てるところがあったね。私の周りには、男女問はず、ジョージファンが多かった。

rwo.jpg今もリンゴの変わらぬ元気さと渋さを見ると「格好いいな」と思う。ビートルズ全盛期のアメリカ上陸でもファンの間で最も親しまれたのが「リンゴ」だと言われているくらい。

ビートルズで彼の親しみやすさが残した功績は大きい。「BOYS」のリンゴのドラムの出だしの凄さはパンクだと言った友人がいた位、ドラミングもスゴイ。

色々、綴ってみても、やっぱりビートルズの魅力はとても一言では言い表せない。それは、ビートルズがデビューしてから、もう何十年にもなるのに多くの研究家たち、ファン達が議論しても語りつくしても語り尽くせない。

多くの才能と時のマジックと、それぞれの個性と60年代の息ぶき。デビューして、約8年の間に、全世界に旋風を起こしたアイドル・グループから世紀の音楽集団へと変貌していった彼等。
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ゆるやかに、確実に、時代と共に、時にはそれを時間を超越して、彼たちはずっと存在し続けた。ビートルズはやっぱり永遠に不滅なのです。









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