「ファイブ・イージー・ピーセス」ジャック・ニコルソン映画史を変えたニューシネマの傑作!

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「ファイブ・イージー・ピーセス」1970年製作/アメリカ 原題:Five Easy Pieces


仕事も、家族も、女さえも、およそ愛することから離反して彷徨する無目的な男。「イージー・ライダー」で見据えたアメリカの“現在”に再度挑戦する。製作総指揮「イージー・ライダー」のバート・シュナイダーとリチャード・ウェクスラー、監督ボブ・ラフェルソン、出演はジャック・ニコルソン、カレン・ブラック。「エデンの東」のロイス・スミス、スーザン・アンスパック。


石油採掘場で働くボビーは、何事にも熱意を感じられず、無目的な日々を送っている。ある日同棲相手のレイが妊娠。結婚を迫る彼女から逃れるために訪れた姉の家で、父が倒れたという事を聞かされる。3年ぶりに帰郷することにしたボビーは、レイを連れて実家に向かうのだか、そこにはまた新しい現実が待ち受けていた・・・。



70年アカデミー賞 作品、主演男優、助演女優、脚本賞ノミネート
ゴールデン・グローブ最優秀助演女優賞 カレン・ブラック
「ニューハリウッド時代の傑作の1つ」「完璧」であるとされる。



スター黄金期のハリウッドの歴史、それまでのきらびやかな「映画界」を変えてしまった一本がある。


それがー70年に登場した映画「ファイブ・イージー・ピーセス」!


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いまあらためて見直しても奇跡的な作品だ。ドラマチックなことはおこらない。アメリカへの「挫折」と「さすらい」があるだけ。なのに人が「生きること」すべてに通じる痛みがヒリヒリある。


淡々と描き出す悲哀とユーモア、無情。


60年代後半ーニューシネマ時代が到来『俺たちに明日はない』『イージー・ライダー』とバイオレンスと空虚が交差した名作が生まれた。そこにはアンチ・ヒーローともいうべき社会に抗う主人公の姿があり共感も呼び支持も得た。


けれどー「ファイブ・イージー・ピーセス」にヒーローはいない。登場人物はみな闇を抱えた、おかしな人間ばかりのオンパレード。(いやー人間は「まとも」というヴェールをかぶっているだけ。正常の基準はダレも分かっちゃいない。或いはみんなヘンなのかもしれない)


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そればかりではない。主人公は社会にも家族にも馴染めずドロップアウトした元ピアニスト。彼は最後までそのままでースクリーンの画面から消えてしまう!


なにもやり遂げず、達成せず、、、自分の苦悩を抱えたまま逃げ出す。こんな映画がコレ以前にあったでしょうか!?


それまでのハリウッド映画といえば燦然と輝くスター、美男美女がいた。起承転結のうえ、現実とはかけ離れた夢の世界へ誘ってくれた。


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ところがー「ファイブ・イージー・ピーセス」は180度違った。主役を張るのはジャック・ニコルソンとカレン・ブラック。二人がカップルというだけで、それまでの概念から大きく外れている。


いま「ルッキズム」という言葉が世間に認知されつつある。人の外面、容姿で人を判断してはいけない。「見た目」の差別をなくそうというものだ。世界中で美人コンテストが消滅、容姿を揶揄して笑いを取るギャグもNGになりつつある。


だがー「美人を美人」と呼んだり「カワイイやイケメンが好み」というのは全然OKらしい。「見た目」で社会的に人を判断するのはダメということだという。表現のムツカシイ世の中になったものだと思う。ただー不条理な容姿差別は確かに良くない。それだけで人の基準なんて判断できるハズなどない。しかしーわたしは映画の世界では美しい人、イイ男を見るのも大好きである。


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むしろ「ルッキズム」精神があるとしたら、そんな言葉さえ50年前にとっくに吹き飛ばしてしまうほど強烈で下世話で生々しく魅力的なのがジャック・ニコルソンでありカレン・ブラックなのだ!


世にはおバカでイケてない人もいる。危険人物、コンプレックスを抱える人、バカにされたりしたり。さまざまな人々が織りなすのが人間社会。取り繕うことなく、そこに存在することがドラマになる。


「ファイブ・イージー・ピーセス」はその当たり前こそが映画になることを確証させてくれた。


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ニコルソン演じるボビー。彼の過去は東部ワシントンの名門音楽家出身のピアニスト。


しかしーボビーはその人生からとうの昔にドロップアウトした。いまは石油発掘の肉体労働をする暮らしまで落ちぶれた。


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頭のネジが1、2本外れたような無邪気な仲間たちと仕事帰りはボーリングではしゃぐ。ボビーの隣にいつもいるのは、彼女と呼べるのか、、同棲しているウエイトレスのレイティ。彼女はボビーがスキでたまらない。どこに行くにも引っ付いてくる。


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レイティ演じるのは70年代を代表する個性派カレン・ブラック! ダイナミックな顔はインパクト大。今作でもカレンの体当り演技がサイコー。美女揃いハリウッドで場末感漂うケバサ加減! 『イナゴの日』『ナッシュビル』~庶民派大女優カレン・ブラックの黄金期だ。


しかしーボビーの奥底はレイティとは別れたくて仕方ない。天然、どこにいてもイチャイチャし自分を頼ってくる彼女がうっとおしい。身体の関係でつながっているようなもの。


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だがーボビーは分かっている。「いまの自分にはこんな子しか釣り合わないのだ」ということを。


肉体労働の疲れ、友人たちとの爛れた生活、「やり場」のない憤り、ジャック・ニコルソンは天才だ。レイティと離れたくても離れられない。妊娠したというレイティを捨てたくても情の部分が邪魔する。逃げ出したいのにできない。


頭を車のハンドルになんども打ちつけ発狂するニコルソン。そのあと狂気を隠し素に戻る。冷静さを取り戻しレイティを迎えにいく。男の弱さ、ずる賢さ、優しさをココまでさらけ出し的確に表す演技は一人芝居のように完璧。


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ある日―彼はピアニストの姉からワシントンの実家にいる父が倒れたので見舞ってほしいと頼まれる。三年以上断絶している家。渋ったボビーだが、結局レイティを連れて里帰りすることにした。


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途中ー車が故障したヒッチハイカー女性二人を同乗。コレが魔訶不思議、、いまでいう自然主義者「この国は汚れきっている。なにもないアラスカに行く」と宣う。ナンセンスなブラック・コメディをぶちこむのもアメリカ映画の得意技(笑)


ところで「ファイブ・イージー・ピーセス」で最も有名なシーンがある。


それがードライブ中に立ち寄ったレストランでのシーンだ。ボビーがウエイトレスと注文をめぐり約2分間ー延々とやりあう場面。


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「コーヒーとトースト」


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「トーストはありません」


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「ハァー?サンドイッチがあるのにか? トーストを持ってこい。伝票はチキンサンドだ」


「なんですって?」ウエイトレス。


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「チキンは取って股に挟んどけ」



「ファイブ・イージー・ピーセス」Diner scene  180万回再生にコメ2000件! 映画史に残る名シーン。


うわ~アメリカ人ってこうなんだ!ーわたしがこの映画を観て学んだこと。「砂糖ぬき」「味は薄口」「卵は柔らかめ」日本人ならまず言わない注文アレコレ。大概の場合ーウエイトレスは「ハイ、ハイ」と文句も言わずメモする。映画「恋人たちの予感」で主演のメグ・ライアンが過剰神経症に思うほどメニューに事細かに注文を入れ、ビリー・クリスタルがお口アングリの爆笑シーン、覚えておられる方も多いでしょう。


ココではジャック・ニコルソンが注文を受け入れない店員にブチ切れギャフンといわせる。脚本の巧さが絶賛された。このユニークとも取れる特有のしつこさ…こだわり、これぞアメリカ人の本質というワケだ。


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ボビーが実家に着くとみな親切に出迎えてくれた…ただ彼は家に流れる異常な空気を読み取った。兄は頸椎を骨折し音楽をこなすのも不自由、愛もないのにその兄に尽くす義理姉、口下手な姉、ボビーのことも忘れてしまい話すこともできない車椅子の父。


途中でホテルに残してきたレイティも表れ、その下品な振る舞いと言動でディナーもムチャクチャに。ボビーは穴があったら入りたい気持ちだった。


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翌日ー彼は過去の思いにふけり、昔弾いていたピアノを義理姉に聞かせる。惹かれた二人は結ばれてしまった。ボビーは義理姉に「この異常な家から一緒に逃げよう」と持ちかける。


だがー義理姉の答えは「ノー」だった。


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「家族にも仕事にも愛をもたない、自分さえ幸せにしないあなたが愛を要求できて?」


ボビーは実家を離れる日、自分のことさえもはやダレか分からない父に話しかける。


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「お父さん、聞こえてますか?」


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「俺が家から出たのは本物を求めてたからじゃない。悪くなっていくものから逃げ出すためでした」


ーレイティを乗せふたたび日常に戻るしかないボビー。なにもかもがイヤになった彼が最後にとった行動は…!!


全編がセピア色に染まっているようなノスタルジー。流れるカントリーチックな音楽。「けだるさ」と「哀しみ」が全体を覆っている。「偉大な強いアメリカ神話は終わりました」そう告げているように。


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わたしはたまらなく好きですね、、、。哀歓の寂れたフィーリング。いまの映画って白黒ハッキリしてるモノが多いじゃないですか。でも、、実際は人の人生=青春なんて単純ではないし、憤りばかりの方がむしろ多い。


混乱の時代、そのどうしようもないイラ立ちと内面を、ジャック・ニコルソンという、それまでだれも体感したことのない異次元の俳優の登場でイヤというほど見せつけられた。ハリウッドも世界の映画界もひっくり返ったのは当然。


映画史に刻まれる一作です。 ぜひご覧ください。






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Comments 2

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AKISSH  
見たことあるけど、それがいつかは思い出せない

母親が大の洋画ファンで週3、4回はTVの洋画劇場を見ていたので、子供の頃、特に小中学生の頃、よく一緒に見ていました。
年代的にも、アメリカンニューシネマ直後のあたりだったので、その頃の映画は、良くわからないながら、ほとんどTVでみたことに。
今から思うと、この映画を母と子が並んでみている光景って想像し難いですが。

ジャック・ニコルソンの心が乾ききって、すべての感情がそぎ落ちた後のような顔が忘れられません。名優だったなぁ。

2023/01/28 (Sat) 14:37 | EDIT | REPLY |   
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m-pon5  
>見たことあるけど、それがいつかは思い出せない

>AKISSHさん

洋画好きのお母さまとの思い出ステキですね。テレビの前でキラキラと真剣に見ているお二人の姿が浮かんできます。人間ドラマ洋画がフツウにゴールデンで放映されていて団欒で見ていた時代。おっしゃる通り深く分からなくても子供こころにはなにか感じとっていたはずなのですよね。その時の未熟な感受性がけっこう大きくなってから役立っているような^_^

AKISSHさんが見事に表現されている顔そのものがこの映画のニコルソンのラストシーンでしたね。ニコルスンは引退まで名演揃いでしたけれど、とくに70年代ー80年『シャイニング』辺りまでは神がかってた気がします! コメントありがとうございますe-446

2023/01/29 (Sun) 17:09 | EDIT | REPLY |   

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