「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」鑑賞&全リマスター・アルバム到着に感涙!

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photo HBO/Alamy

1967年デビュー・アルバム『Bee Gees’ 1st ビー・ジーズ・ファースト』から2001年最後のアルバム『This Is Where I Came Inディス・イズ・ホエア・アイ・ケイム・イン』20枚のオリジナル・アルバム日本盤が11月23日にSHM-CD仕様でリリースされ、先に注文していた11枚が自宅に到着しました!


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ズラリッ。音も格段に向上し、帯も統一! 解説も訳詞も一新。見てヨシ、聴いてヨシ。リマスターをずっと待っていたかいがありました。所有していた作品もありますが大半は今回はじめて聴くオリジナル。おもに80年代後半からの9枚は予算の関係で来月までガマン。どれもビー・ジーズの50年以上の歴史が垣間見られる感涙のナンバー、珠玉の名盤ばかり。


アーティスト(映画サントラはあっても…)のCDを購入したのは何年ぶりだろう。しかも一気に。それでも音楽の歴史に刻まれるビー・ジーズの変遷が聴けるとあっては後悔なし。ビー・ジーズのめくりめく歴史、宝石のような音楽、ハーモニー、洗練されたサウンドのシャワーを浴び、映画も鑑賞してきたいま幸福を噛みしめている。


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その昔ー音楽や映画の話だけで友人たちと何時間だって長電話できた。ストーンズのファンでもありザ・フーもスキで、映画では「恋メロ」を限りなく愛しているR&Rファンの友達がわたしに言ったことがある。


「日本はビートルズ人気だけが異様に高すぎてほかのファンはずっと肩身が狭い思いをしているんだよ(笑)でもねえ、ビー・ジーズだってアルバム聴いたら泥沼にハマるよ。巷での評価が低すぎるんだよ」


わたしはこのブログにもあるように、ビートルズから洋楽に入ったクチだ。もちろん前回の記事で綴ったようにビー・ジーズも大好きでスバラシイとその他洋楽とおなじように身近に聴き続け触れてきたつもりだった。けれどー彼らのオリジナル・アルバムを順に聴き映画を観て感銘に浸るとき、あらためて彼女の言葉がストンと胸におちた。


ビー・ジーズもとんでもなく偉大だったということを!


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若き頃のビー・ジーズ兄弟。この初々しさ!  右から、バリー・ギブ。ロビン・ギブ、モーリス・ギブ。


今回アルバムを聴きながら、ライナー・ノーツを読み、ビー・ジーズファン歴50年以上の方が運営しバリー・ギブのオフィシャルにも公認されている老舗ビー・ジーズ情報サイト⇒「Bee Gees day」などを拝読すると~映画で描かれた内容もふまえ、わたしがいままで無知で知らなさ過ぎてきたビー・ジーズの歴史がたくさん分かってきた。


たとえばー


ビー・ジーズに、こんなに様々な人間関係、兄弟ならではの熟知たる思いが交錯していたとは、わたしはちっとも知らなかった。


いちばん驚いたこと。それは、、長男バリー・ギブの数年前のインタビューだった。


「わたしは晩年、弟たちとは上手くいっていなかった。疎遠になっていた。たぶんーマッカートニーとレノンのような関係に近かったと思う」と切なげに深い後悔とともに語っていたこと。この話はわたしには大きなショックだった。


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わたしは当たり前だけれどー3人が作り出す曲、一切狂いのないコーラスは兄弟ならではの結束力、パワーがあってのことだと確信していたから。笑顔のフォト、数々のインタビュー映像でも、ライブでも仲睦まじい3人しか見てこなかったし浮かんでこない。もちろんーそのことには間違いはない。計算され尽くした完璧な楽器のように、一種乱れぬ兄弟の奏でるハーモニーは奇跡だ。曲づくりのほとんどが3人で生み出してきたものだ。


でもーだからこそエゴもありライバル心も強かった。考え方も違ったという。とくにリード・ヴォーカルをどちらが取るか、どちらがA面を取るかいう主張のやりとりは、ロビンとバリーの間では頻繁に起こっていたという。これはビートルズのジョンとポールがシングルのA面争いをしたことと類似している。


60年代からの熱心なファンならご存じだと思うけれど「マサチューセッツ」はロビンのリード・ヴォーカルだ。日本のオリコンではじめて洋楽曲で1位になったのがなにを隠そうこの名曲。


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5人編成の初期時代からーたおやかで心細げだが胸をうつロビンのヴォーカル曲は多かったしヒットもした。けれどーバリーのこれまた唯一無二の力強く優しく包み込むような、ときにR&B的的シャウトも生かされる(この時点でバリーのファルセットはまだまだ先のこと)声色もなくてはならないものであった。


両者ーまったく異なる魅力的な声色のヴォーカリストがいるということ。しかも兄弟というのが、さらに気持ちを複雑化させる。他人ならただソッポを向けばいい。しかし血を分けた兄弟。物心ついたときから「音楽で成功したい」という夢を分かち合ってきた。兄弟だからこそ愛おしさも倍なら、真正面からぶつかったときは2倍、3倍の溝になる。バリーとロビンの間には、晩年まで、そんな微妙な関係がずっとあったようだ。


日本人に最も愛されたビー・ジーズ名曲のひとつ「若葉のころ」も…そうだったという。



Bee Gees - I Started A Joke and First Of May ロビン「ジョーク」とバリー「若葉のころ」二人のリード・ヴォーカルがそれぞれ見れる貴重なテレビ映像。


わたしたちには「若葉のころ」がA面で間違いのない屈指の名曲だという認識だった。けれどロビンは自分がヴォーカルをとった「ランプの明り」をA面に望んだ。(どちらの曲もアルバム"オデッサ"収録)この曲もポエテイックな歌詞、メロディーともに素晴らしい佳曲だったゆえ、ロビンはどうしてもA面にしたかった。


けれどーこのときの意見の食い違いが致命的になりバリーとロビンの仲はこじれてしまう。ついにロビン脱退という事態にまで発展。まさか…「若葉のころ」忘れ難い名曲にそのような感傷的な秘話があったとは…!切なすぎると同時に胸の奥がキューンとうなる。


しかしーだからといって、曲のもつ永遠の鮮明さ、美しさが損なわれることはない。


これほど透明で純粋なピュアさを、彼らはなぜ曲にできて、モーリス、ロビンが旅立ち、ビー・ジーズが実質的にバンドとして休止するまで保ち続けられたのか?


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ロビンとバリー、中央は末弟のアンディ・ギブ。その答えもまた、彼らがなによりも家族に愛され、子供のころから仲良く一緒に過ごした環境、貧しくも愛情に溢れた人々に囲まれて育ったからこそのものだと思う。"愛"から生まれたものだ。ビー・ジーズの比類なきメロディー。それはファンキー、ソウルフルに変化しようと歌詞のピュアさとともに普遍だった。


ビー・ジーズがいかにも英国的な60年代ロックスから、70年代ソウルフル、ファンキーサウンドに変遷を迎えたか、きっかけも面白い!


ココでエリック・クラプトンが、ビー・ジーズに助言したアドバイスは本当に大きい。


70年代前半ヒットは飛ばしたものの、素晴らしい曲を書いても売れなかった彼らに同レコード会社の先輩であるクラプトンはこういったという。


「いつまでもイギリスだとか、サイケだとかこだわる必要はない。本当に好きなのがR&Bなら本場アメリカに来て体感してみるといい。自分もマイアミでレコーディングした。音楽を変えるには環境を変えることだ」


これは相当に機転の利いたアドバイスだったと思うし、それを素直に受け入れたビー・ジーズの柔軟性も素晴らしい。元々、子供時代からソウル音楽が大好きだったビー・ジーズ。原点回帰だった。これはロック・アーティストにこだわらず、人生に迷っているすべての人にヒントになりそう!


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ビー・ジーズはアドバイスに従った。彼らはマイアミに飛び、R&B界の大御所プロデューサー、アリフ・マーティンと組んだのだ。


↓両者のコラボが花開き完成しリリースしたのが名盤「メイン・コース」


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イギリス時代からのクラシカルなエッセンスと新しいファンキーなサウンドが一体化した。捨て曲なしの大名盤。



The Bee Gees - Nights On Broadway - The Midnight Special 1975 生ライブ

「メインコース」から全米7位「ナイト・オン・ブロードウエイ」を演奏するビー・ジーズ。彼らを単なるコーラス・グループ、ディスコミュージシャンと両極端に勘違いしている人が日本にはまだまだ大勢いそう。コレを見ればお分かりいただけると思う。ビー・ジーズは紛れもないバンド。華麗なる演奏、バリーとロビンの絶妙なヴォーカル、ソウルフルなシャウトをぜひ聴いてほしい。絶賛コメントが並ぶのもナットク、なんど見てもシビレてしまう。


映画「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」映画では~子供時代からの3人、英国時代の貴重なプライベート・フィルム~ライブ映像などが盛りだくさん映し出される。上に綴った兄弟とのエピソード~音楽制作秘話も。


そしてーアルバム「メインコース」から新ビージーズのピークへと上り詰める。「サタデー・ナイト・フィーバー」狂乱の時代だ。普通の映画で言えばクライマックスである…。日夜ビー・ジーズ狂騒曲、、連日フィーバー、、そしてー祭りのあとの大バッシング…そして復活へ。


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こちらは「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」パンフレット


今日は映画に関しては深く感想をかけなかったので後日あらためてレビューを綴りたいと思います。音楽ドキュメンタリーとしては非常に誠実、感傷的で胸を打つストーリー。多くの人に彼らの歩み、きらめく音楽の素晴らしさをぜひ体感してほしい。


最後…テロップが流れ、バリーの歌声が聞こえると涙があふれて止まらなかった。劇場では最後までだれも席を立たなかった。


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映画は音楽ドキュメンタリーであるけれど、あるひとつの家族、音楽を愛し世界を目指した兄弟の愛と悲しみ、ーひとり残されたバリーの再生の物語。時間が許せば、もういちど観に行きたいくらい。すべての音楽ファンだけでなく、観終わったあと、誰しもがいま、この瞬間の人生をこころから大切にしたいと思うはず。









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Comments 2

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AKISSH  
心底、感心しました

ロビンとバリーの関係がジョンとポールの関係と同じだったとは、、、
今、この記事を読んで初めて知りました。
>「若葉のころ」も…そうだったという。
ここまで来ると、なんとも言えませんね。
書かれた通り、普通のバンドなら解散すればいいのに、兄弟ではそれもできない。

「ビー・ジーズ 栄光の軌跡」
成功物語に付属した、ありきたりな裏話ものかなとスルーしていました。
(題名が陳腐過ぎるんだよ!)
こんな人間物語があったなんて、絶対に見なくては。大後悔です。

それにしても、「音楽」と「映画」に関して、これだけ造詣の深い記事を書いてしまう m-pon5さんに心底感心してしまいます。
プロ評論家のどんな記事より深いし、なにより読んだ後、心を打たれます。

2022/12/04 (Sun) 20:48 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
>ビー・ジーズ

>AKISSHさん

ワァお褒めいただいてウレシハズカシありがとうございます~
センスゼロ文章なので(恥)毎回赤面モノ「エイヤー!」と気合で投稿しております~
AKISSHさんにそう言っていただけるだけで励みになりますe-446

兄弟ならではの微妙な関係、わたしもはじめて深く知りました。この上なく美しいメロディーとコーラスしか浮かばなかったのでデビューから紆余曲折、人間関係もいろいろあったのだなあと…とても切なくて。「兄弟だからこそ長く続けられた」の言葉もありました。

そしてーさすがAKISSHさん!そうなんです。映画の原題はビー・ジーズ71年米1位『How Can You Mend A Broken Heart(どうやったらこの傷ついたこころを癒せるのだろう)』から取っているのですよね。輝かしい功績の中の光と影~珠玉の音楽と共に映し出されます。一人残されたバリーの人生の物語のような気がしましたね。

こちらの劇場でも思いのほか観客が入っていてウレシクなりました。ほとんどが彼らの音楽を耳にしてきた世代だろうなあという一体感に包まれて。関東方面ミニシアター系ではかなり動員しているようです~AKISSHさんもお時間と機会あったらどうぞご覧になってみてくださいね。


2022/12/05 (Mon) 19:15 | EDIT | REPLY |   

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