山口百恵 唯一無二の人 ついに恋人宣言! その5

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山口百恵は、ついに10月の「山口百恵リサイタル」で、「私の恋人は三浦友和さんです」と恋人宣言をした。

その翌日は確か朝刊に載り、m-ponは、まずこう言ったと記憶している。「ホントに!?えー、さすが、百恵ちゃんスゴイよ!」

だって、だってですよ。あの当時、いや今でも、超人気のスターがステージ上から「恋人宣言」なんて前代未聞だった出来事。「相手は友和さんか、やっぱりねー」とまたもや家でも嬉しい悲鳴をあげたのを覚えてます。

もうその話題をしたくて、走り込むように?学校に着いたら、当然、女子達はその話題で俄然、盛り上がりましたこと。

「やっぱり、相手は友和さんだったかー」
「うん、うん、やっはりねえ。そうだよねえ」
「それしかないよね」なんて

一気にもう、クラスの女子は祝福ムードだった。

誰一人、文句言ったり不平言う子もいない。なんとも、キャピキャピした中でホワンと教室に、百恵&友和カップルを歓迎する空気が漂ってるんです。国民みんなが、「待ちに待ってた」報告だったのかも知れない。

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「恋人宣言後」共演した「天使を誘惑」の百恵さん。愛する人の側で心から安心した表情。私も劇場まで観に行った。大人の恋を描いて、ゴールデン・コンピ映画の中では個人的に一番好きな作品。

そもそも「恋人宣言」した理由にはその数日前、友和さんの家にいた2人が買い物に出ようとしてたところを張り込んでいた週刊誌のカメラマンにショットを撮られたからだった。

「ふたりの間では、チャンスが巡ってきたら話そうと思っていた。大切なことだから自分の口から話したかった」という経緯であの突然の「恋人宣言」となったらしい。

考えれば、考えれば・・・


百恵ちゃんは、ずーっとありとあらゆる男性と週刊誌では噂になってたものです。

ほとんど、嘘だろうなあとネタにもならないものばかりだったが唯一、嬉しかったのは、世良さんと噂になったことがあったんですよ。

音楽、邦楽のカテゴリでも書いてますが当時の私は世良さんが大好きだったもんですから「世良さんと百恵ちゃんなら大歓迎」なんて期待してたものです。♪


多分、当時、世良さんが雑誌のインタビューで「好みの女性は?」と聞かれて「山口百恵さんと、木ノ内みどりさん(現、竹中直人夫人)」と答えてたのを読んでたせいかもしれません。

木ノ内さんも、当時、男性ファンがとっても多い涼しげな美人だった。ああ、世良さんの好みって『清潔感溢れてキリッとした美人が好きなのねー』と納得したものです。

だから、世良さんと百恵ちゃんが今も続く歌番組「ミュージック・フェア」で、2人が向かい合わせで椅子に座って歌ったデュエット。

これまたm-ponの大好きなビートルズのポール・マッカートニー率いるウィングスの「マイ・ラブ」をデュエットで熱唱した時などはテレビにもう釘づけでキャーキャー言って見てました。


あの当時は、家庭用ビデオなんて殆どない時代。もう一瞬も目を凝らさないように一生懸命。何故か、このVTR「ミュージック・フェア」の過去の映像集でもこれは一度も放映されていない。ネガが残ってないのかな。もう、絶対、絶対、もう一度見たい、永久保存版なのです。


話がズレてしまいましたが、、、


でも、やはり、百恵さんの相手=恋人は三浦友和以外、考えられなかった訳です。


みんな何となく、そうだろうなあ、でも違うのかなあと思うところもあったけど、2人は、そんな噂や質問をどこふく風のように、いつもサラ~ッと交わしてた。

何しろ、後で2人のツーショット写真の数々を見直せば、もう一目瞭然!


ドラマでは共演、映画もお盆と正月、毎年2本ずつ2人で撮り、その間はCM撮影やアイドル雑誌の企画。2人で海外ロケはしょっちゅうであり。

そして脚本の中で何百回も言ってきた「愛してる」という台詞。「台本上でのこの言葉は疑似恋愛を超えてしまっていた」と後に友和さんが自伝で語っている。


こんな素敵な魅力溢れるお年頃の2人が、これだけ一緒にいて、同じ時を過ごせば好きにならない方がおかしいのだ。
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 お似合いとしかいいようのないカップル


2人の海外ロケで、2人がごく自然に水着でたわむれたり、身体を寄せ合って寝転んでる数々の写真。

当時のm-ponでさえ、何だか子供心にもドキッとしたものです。考えれば、心を許し合ってる「本物の恋人同士」だからこそ、あんなに自然体でいられたんだろうなと。

そんな感じで、国民全体が安堵の雰囲気に包まれた「恋人宣言」だった。

ちょうど、その時、歌っていたのが「しなやかに歌って

白い衣装にまとい、周りから祝福を受ける何とも幸せそうな百恵ちゃんがブラウン管の中にいた。

けれど、12月に発売した「愛染橋」は、その国民の一斉の祝福ムードを受けて、では売上が伸びたかというと決してそうではなかった。

あんなに、祝福されていた中にいたら、「なんでそんなにヒットしなかったのか?」今の人は不思議にお思いになるだろう。

「愛染橋」は、今聴いても決して派手でぱないが、しっとりして情緒のある曲だ。m-ponも、勿論シングルを購入したし、その冬は何度となくリピートしていた。

ただ、これは、もう曲が良い、悪いというただ単純な事ではなく、(当時のスタッフも、恋人宣言した百恵ちゃんにどんな曲を歌わせたらいいか悩んだらしいが)

これは、山口百恵が「恋人宣言」した事により、世間が「安心してしまった」という思いがした。
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山口百恵は、単に男性ファンが声援をおくる単なる女性アイドルではなかったし、国民的に皆から「1人の女性像」として、すでに支持される存在になっていた。

相手が皆が望んでいた、三浦友和だったこともあり、(これが、当時の火野正平さんだったら困りますけど(笑)もう、何も心配する事もなく、温かく見守りましょうという雰囲気になった。

そして、この気持ちは、山口百恵が引退するその日までゆっくりと穏やかに続いていったような気がする。

そして、時代は、いよいよ1980年代を迎えようといていた。時代は大きく変わり、多様化が始まり、アイドルの移り変わりもそこまで来ていました。mimoe.jpg

そして、山口百恵は3月に「婚約発表」と「引退」を発表したのです。


~6に続きます。
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