BS「ビートルズとインド」マハリシ疑惑はある人物にハメられただけだった!BBCドキュメント

m-pon5


今年初旬、ビートルズファンならず、音楽ファンにとっても、じつに興味深いドキュメンタリー番組がBSで放映されました。


P3196573.jpg

「ビートルズとインド」 2021 BBC製作



さすがーイギリスBBC製作!! 初お目見えとなるカラー・フィルム。インドでビートルズが実際歩き、瞑想した地。当時の関係者たちのインタビュー、いままで見たこともない約50数年前の貴重な数々の映像にも驚いてしまった。


けれどーなにより内容自体がー衝撃的、、とまではいかずとも、、、
じつに「興味深い」ー


特別に期待してチェックしていた番組ではなかったのだけれど、あっという間に惹きつけられてしまう時間だった。



ー番組を見て感じたことのひとつは、『人が最初に抱いたイメージ』の印象は良くも悪くも恐ろしいものだなあということ。


P3196598.jpg
『ビートルズとインド』と聞いて音楽ファン、またビートルズファンはまずどんな印象を抱くでしょう?


簡潔に説明すればー67年、世紀のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表したビートルズ。史上最高の名声を得た彼らだったが、実際はLSD、ドラッグ漬けの日々となり虚無感から逃れられない。なにかに救いを求めていた。


そんなときージョージのインドへ音楽への傾倒の影響もあり、ほかのメンバーたちも次第にマハリシ・ヨギというヒンドゥー聖者に浸透していく。


メンバーはロンドンのウェールズ、次いで翌年68年にはメンバーと彼女たち、仲間までもが彼の神秘、平和と調和を求めインドへと飛んだ。マハリシの超越瞑想を学ぶために、彼らは2か月あまりをインドで過ごすこととなる。


P3196588.jpg
インドのマハリシ瞑想センターの森の中を歩くジョン・レノン


先にも書いたけれどー最初に人が勝手に植え付けたイメージほどコワいものはない


たとえーその後で、いくらその人物についた勝手なイメージが払拭されたり間違ったものであったと公表されても、そのときにはすでに遅し。それは案外スッポリと簡単に巷の話題から忘れ去られ一度ついたイメージは勘違いされたまま人々の記憶に残ることとなる…(いる)。


それはーマハリシ師についても言えた。


今回ーこの番組で、、わたしは、長年のなんとなくの思い込みの概念が一回転!


見事にヒックリ返されてしまった!



なぜなら、、、わたしはずっとマハリシ師は誤解を生んだ側の人間だと思っていた。


それが逆に、、、彼は誤解を生まされた側の人間であったことを知ったのだから、、、


ええー!それはもう晴天の霹靂!



P3196577.jpg
マハリシの瞑想はビートルズをドラッグから解放させ、肉体にも感情的にも幸福を与えた。ジョンとジョージは特に感化されていた。


わたしは長らくビートルズのファンでありながら、ずっとービートルズがインドから離れた直接の原因は、、なんとなくの曖昧な知識と、夢中になりながらも、適度な箇所は読み飛ばしてきたのか? ビートルズ関連の文献から、いつしかー下記のような解釈を当たり前としてきた。



『ビートルズと師と仰ぐマハリシは、インドで瞑想中メンバー中に数人の若い女性たち、女優ミア・ファローらに手を出した。マハリシはゲス野郎だった。失望したビートルズは傷心とショックのままインドを去る。ジョンはそのあと、マハリシを皮肉った曲「セクシー・セディ」を作ったのは有名。』



・・・だがー真実はまったく異なるものだったのだ。


インドからデリーから北東150マイルにあるリンケシュ。ビートルズとマハリシの周りに集まった家族、仲間、人たちは、間違いなくこころから素晴らしいひとときを過ごしていた。名声から離れ、みなで自然の中で瞑想する。インド周辺を周り平和の静けさと共に気ままに創作、作曲する。


P3296632.jpg
実際、ジョンはこのインドの地で『ホワイト・アルバム』に収録されている幾つかの名曲を作り出している。「Julia」「I'm So Tired」「Happines is a Warm Gun」「Dear prudence」「Yer blues」「Glass Onion」など。これらの曲がインドで書きあげられたことは、現在のインドで活躍するロック・ミュージシャンたちにも多大な影響を与えているという。


そこではビーチ・ボーイズのマイク・ラブ、ドノヴァンなども集まり、瞑想を学び、みなが集い学校に通っている気分だった。


P3296634 (2)
マイク・ラブとマハリシ。ガンジスのほとりで日向ぼっこ。ときに市場に買い物に出かけたり、それぞれが幸福と満足に満たされていたという。リンゴとモーリン夫妻だけは食事が合わず残してきた子供たちに会いたいという理由で早々に帰国。ほかはなんの問題もなく、追いかけてきたマスコミから逃れる以外は平穏な生活。


ところがーそんな静粛と楽しい日々に、ある日突然ー亀裂が走った。


理由は、ある一人の人物の「でっちあげ」がすべてをぶち壊してしまったからだ。


その男性の名はーアレクシス・マルダスという。(通称マジック・アレックス)


P3196605.jpg
アレクシス・マクダス。ギリシャ人。電気屋でテレビ修理工だった彼は、仲間を通しストーンズと知り合い、その流れからジョン・レノンとも知り合うことに。単なるテレビ修理工だったアレックスをジョンが気に入り、なんとビートルズのスタジオにまで出入りする人物だ。


「アレクシスは、かなりズルいやり方で売りこむヤツだった。ハッタリだけでなんの知識もないというワケではないからね。相手によって話を変える。単なるテレビ修理工が゛マジック・アレックス゛なんてお笑い種だよ」と、最初にアレックスと知り合ったマリアンヌ・フェイスフルの元恋人ジョン・ダンパー氏はマジックについて、のちにこう語っている。


P3296635.jpg
ジョンとポールと最左側がアレクシス。どう見ても、、胡散クサイ人にしか見えないのですが…(汗)ただー機械音痴だったジョン・レノンは彼を面白がり、アレクシスの言ったことをなんでも信じていたと、元妻のシンシアは自伝の中でも綴っている。


アレクシスは自分で発明した大がかりで奇抜な機材のアイテム話をビートルズに持ち掛けたりしたが、大金のかかるものばかり。ポール最初から半信半疑。ジョージはのちに「あんなものを信じてまったく間抜けだった」と語っているくらいである。


欲と俗。薬と音楽。金と名声を求め、良き人もそうでない人たちもー60年代世界を席巻していたビートルズ。世の中心にいた彼らの周りだったとしたら、波乱のごとく様々な思惑や思索で入り乱れている人間たちが集まるのも当たり前だったのかもー。


とくに、、、ジョン…。高度な選択眼を持つ目もある人だけれど、逆に純粋な人でありすぎるため、子供のままの寛容さで、なにもかも信じきり受け入れてしまうことがある。ときに人に影響、感化されすぎて時に「自己」だけしか見えなくなってしまう。他人からすると、「なんで、、そんなことに騙されるの」~ようは「甘ちゃん」のところがある人なのだ。


ーインドで、ジョンは突然「うんざりして、帰る」と言い出した。


理由はー「マハリシが、瞑想中、ある女性と性的な関係をもったからだ」という。


P3196608.jpg
帰国後「自分たちのインド行きはミスだった」と記者会見で話すジョン。


しかし、、、ジョージの元妻パティは番組の中でハッキリと、そのときの違和感についてこう語っている。


「それまでのリラックスした空気とは一転。ジョンがジョージまでも無理やり引っ張って帰ってしまった。わたしはいまでもマハリシとビートルズとの決別の原因は、同行してきたアレクシス・マクダスにあると思っているー。」


「アレクシスは名目はビートルズの仕事仲間。けれどーいわばジョン・レノンの『腰巾着』のような男。小生意気なワルガキで、ジョンに好かれようと科学者のふりをし、たくさんの機械を作ってはワケの分からない失敗作を持ち込む。つねにジョンを支配したい彼にとって、明らかにマハリシは邪魔な存在。アレクシスがインドに来たのは、ビートルズを引き離すためだったと彼も認めていた」、と。


続けてー「マハリシの性的な噂を聞いて耳を疑いました。あるワケがないと。アレックスが自分が親しくなった女性に、そういうように頼んだんです。はじめはジョンもジョージも信じていませんでしたが、アレックスに信用させられ半ば強制的に二人はタクシーに乗せられようとしていました」、と。68年春のことだ。


番組を見て衝撃を受けたわたしは、書棚のいくつかのビートルズ関連本を何か月ぶりかに引っ張り出してみた。


そうしたらーおなじ証言が、、、


すでに四十年以上前に購入した本に書かれているではありませんか!!?




P3206623 (2)

「素顔のジョン・レノン」シンシ・レノン1979年発行(現在絶版)



シンシアは2007年にも「ジョン・レノンに恋して」という自伝本を出版しておりこちらも所有しているけれど、個人的には79年のこの自伝本の方が遥かにシンシアらしい優しく的確な本だと思う。なによりジョンの生前に出ている本なので、ジョン本人に直接投げかけられているような言葉が誌とともに紡がれていてより生々しい。


シンシアはインドから突然離れることになった経緯についてこう書いている。


『アレクシスと同級生の女性が人々のこころに疑いの種を配って歩き始めていた。マハリシがある女性と軽率なことをやってしまった、ということは、一方の証拠も正当な理由もなかった。わたしが知ってるのは、アレクシスこそがインドを出たかったし、なにより彼はビートルズも一緒に出したかった。ジョンもジョージも混乱のなかに放り出されてしまった、、


(~中略)実際ー仲間の生徒のひとりはアレクシスを信用していなかった。彼がその女性になにか熟視しているのを見たし、彼はアレクシスが彼女によからぬことを吹き込んだに違いないと。わたしもそう思う。アレクシスの言うことは全部ウソに聞こえた。だがージョンとジョージさえ結局アレクシスを信じた』


パティとシンシア、別の二人がそれぞれー同時に思った確信。発言がまるでおなじということからもほぼ明らか。


わたしは40年近く前にこの本を購入してからなんども読み返した記憶があったのに、、、スッポリ流してしまっていたのか人の記憶はなんていい加減なものだろう~自分を叱りたい気持ちになった。


決定的なのは、ポール自身もインド騒動。またジョンの書いた曲「セクシー・セディー」(Sexy Sadie」について98年の告白本「Many year From now」の中でこう記している。


「僕とジョージは゛セクシーセディ゛のタイトルを変更するようにジョンに説得した。無実の容疑者を守るために。本当はマジック・アレックスがでっち上げたつくり話だって判明したんだしね。僕はあの話はすべて嘘だったと思ってる。」


可哀想に、、、ビートルズから突然の疑惑をかけられ、去られたマハリシはそれから食欲も落ち、元気もなくなってしまった。だがー徐々に立ち直り以前と変わらず多くの人々に瞑想を広め、、2008年に亡くなりまでその教えは伝えられたという。


そしてーあの騒動後もジョージのインド音楽、哲学への浸透度はみなの知る通り、止まることなく、その精神性は一生をかけて注ぐ対象となって、、。


インドにも何度も訪れ、マハリシに会い続けていたジョージ。あの時の疑いを向けた謝罪を伝えにきたとき、マハリシはこう言ったという。


P3296636.jpg
「ビートルズは地上に降りた天使だ。彼らはなんの罪も犯していないと信じている」ー。


面会を終えたジョージはその言葉を聞き、あの時の罪がやっと清められたと感じたというから、ほんとうに良かったと思う。



考えてみればービートルズというグループの歴史にとってもインド体験は未知の始まりであると共に、皮肉にも物語の終焉へと近づく境目でもあった。


イギリス、ウェールズでのマハリシ講義へ出かけた日から~インドからの帰国後ーその中で多くが変わってしまった。


〇ブライアン・エプスタインの死
〇ジョン・レノンと妻シンシアとの破局(インドから帰国後ーシンシアがジョンから受けた傷は計り知れないものがある)
〇ジョージの更なる独自の音楽性への模索
〇ポールとジェーンの婚約破棄


~~



なるべくして起こったのか、運命がそうさせたのか、誰も分かる人はいないけれど、インドはビートルスにとっても大きな分岐点だった。


P3196610 (2)
ーマハリシ疑惑の真実ーこれがハッキリと50年以上経過し如実になったのは貴重なこと。


いままで、わたしの頭の中。当たり前のように、、マハリシについてはふわっとした思い込みが刷り込まれていた。多くの書物やドキュメンタリーを見ていたに関わらずー。


多分ービートルズファンの中にも、案外、疑惑のままの解釈で終わったままになってしまっている人も多いのではないだろうか。よほど事細かくビートルズの歴史をを探求していない音楽ファンにはー。


80年代の雑誌、ビートルズ関連の本には(ファンクラブであるBCC発行の書物に関しても!)60年代当時のジョンの言葉を「ぼくはいつもなにかに期待して裏切られる。マハリシになにやったか知ってるぜと言ってやった」などを引用し、マハリシはとんでもないヤツのまま終わってる文脈の多いこと!


つくづく思い込みってコワいなーと思う。


昨年、放映されたピーター・ジャクソンの映画『Let it Be』もそうだけれど、時間が経過してやっと、こと細やかな真実が明らかになることがあるのですよねえ。マハリシの場合ー以後多くの人が彼について真相を語ってきたのにかかわらず、イヤなイメージの残照が人の記憶にあり続けているのはなんとも気の毒。


救われるのは、番組に出演した多くのインドのミュージシャンたちが「ビートルズのおかげだ。植民地で暗い印象だったインドに、あのビートルズが惹かれたということで、インドの世界を音楽を変えてくれた。こころから感謝している」と話してくれていたこと。


インド音楽家はまず最初にインド音楽を聴き、その先に「ビートルズがインドに来て、インドに感銘を受けたのだ」と教えられるそうである。


P3196612.jpg
ポール・マッカトニーも2000年のインタビューで家族とインドを訪れマハリシに会ったことを語っている。当時80歳を超えていたたマハリシはとてもパワフルで元気だったそう。


最後にー「(Sexy Sadie」を、あの瞬間ー感情のまま作ってしまったジョンの罪は大きい…きっと相手がマハリシだからこそ寛容に受け止めてくれていたに違いない。そんなジョンも数年後には「愛と平和」を訴える立場になった。平和そのものが喜びであると彼自身もインド=マハリシの教えをなにより伝授されていたうちの一人であったことは間違いない。




関連記事

Comments 2

There are no comments yet.
ギターマジシャン  
ジョン

m-pon5さん以上に自分はずっと勘違いしていたようで、マハリシの瞑想主義に、何も得ることがないと幻滅したジョンが、「セクシーセディ」を作ったと思っていて、セクハラ疑惑があったのを知ったのは数年前でして、そのうえ、すぐ後に読んだ全曲解説集には、アレックスなる人物の嘘に騙されたとあって、余計に混乱したくらいです。

ブライアンの死がショックで、その悲しみにはインドの瞑想は何も与えてくれなかった、まして、ヨーコと離れて修行するのが寂しくなったりで、半ば八つ当たりでマハリシを憎んだのかなと、善意に(?)解釈していたので、本当にびっくりしましたし、ビートルズは後から後から、いろいろ真実が明かされて、今でも楽しませてくれる存在です。

ジョンの怒りの感情に任せた罪深い作曲は、ポールを罵倒した「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」も同様で、もっとひどかったところ、温厚なリンゴもさすがに、いいかげんやめておけよと忠告したとか。

ビートルズのことなのでコメントが長くてすみません・・・。

2022/03/30 (Wed) 20:32 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
No title

>ギターマジシャンさん、いつもありがとうございます<(_ _)>

あ!ー混乱されていたのは同じだったというギターマジシャンさんのお話を伺って、あらためて、、当時の情報とか文献とか曖昧なものが多かったなあと。ビートルズ側も真相を話したがらなかったし海外の情報もいまのようにリアルで入りにくかったのでしょうかね(*_*)

ああーわたしもギターマジシャンさん同様です!~ゞ わたしはインドの時系列がバラバラになっていました。今回、改めて整理できたのは、ブライアンの死を知ったのは英国でのマハリシ講義のとき。その悲しさも含め癒されるためにインド旅行へ出発。そしてーその瞑想はほとんど上手くいっていたという事実…。50年以上経過して様々な証言などでやっと点と線がつながりました。

ジョージがその後に謝罪しに行ってたこと、ポールもマハリシと再会していたなんていう報道はあまり知られてないですものね。ホント色々驚きました!

「How do you sleep?」ビートは最高なのに歌詞が流れるとイヤ~な気持ちになりますよね(..)アルバム『イマジン』唯一の墓穴。悲劇だと思います。ジョンものちに謝罪に近いことを言ってますが、、こうして残っているというのが(汗)マハリシもボールもそういう部分では寛大な人で良かったと思いますね。

2022/04/01 (Fri) 11:08 | EDIT | REPLY |   

Leave a reply