「ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ」衝撃と震え。アカデミー賞最有力の原作本のスゴサ

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『ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ』
トマス・サヴェージ著


(ストーリー)1920年代、モンタナ州。快活で賢い兄フィルと地味な弟ジョージは牧場を共同経営する裕福な兄弟。ジョージの前に不幸な初婚を経たローズが現れ、二人が結婚したことで、家族に亀裂が入ってゆく。露わになる本心、剥き出しになる人間の弱さ、立ちはだかる西部の論理。そして物語は、衝撃の結末を迎える!美しい大自然のなか、アメリカ社会のタブー、飲酒・人種差別・同性愛に斬り込み、世界の絶賛を得た幻の名作、本邦初訳!


本年度アカデミー賞最有力! ベネディクト・カンバーバッチ主演映像化作。


ラスト4行に驚愕!


「『エデンの東』や『ブロークバック・マウンテン』を髣髴とさせる」
(ガーディアン紙)


「時と場を完璧に再現し思い起こさせる」(ボストン・グローブ紙)など
各紙誌で絶賛。


久しぶり魂が震えるような衝撃。読後、無性に哀しい寂寞感に襲われる本に出会ってしまった。


活用している<読書メーター>での、わたしのこの作品のレビューです。



スゴイ読書体験だった。1920年代モンタナ。荒々しいまでのカウボーイたちの生きざまを軸に、繰り広げられる自然の極意。特出しているのはそれだけではない。冷酷非情で変革に抗うような差別主義者の兄フィル。彼と対峙するように優しいが気の利かない弟のジョージ。二人の関係性に人間の業と性、恐怖、歪みが驚くべき繊細さで綴られている。ジョージが未亡人ローズと結婚し、連れ子であり驚くべき沈着な少年ピーターが現れてからの緊張感は息もつけない。強靭な男フィルの中に潜む秘密。最後につながる悲劇性がなぜかとてもとても哀しい。


物語の舞台は1925年モンタナ。


冒頭ー『まず陰嚢の底を切り落とし、脇にどける。次に睾丸をひとつずつ下に引っ張って、覆っている薄い膜に切り込みを入れて剥がし…』…こんな衝撃的な1文からはじまるこの物語。


全編を通し、強烈で生々しい。彼らが移り行く時代を生き抜くために自然と格闘し、家畜と共存していく上での荒々しいのまでの生活描写の生々しさとインパクトが覆っていく。


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それだけではない。そこにはアメリカ人が愛して止まない壮大な土地への郷愁。命は滅びても「土地だけは残る」そういった彼らの確固たる思い。それらを永久に手放したくないと思わせる程の、美しく黄昏に似た西部の情景が、見事なほど繊細に綴られている。


けれどーそれだけだったら、、小説はその評価だけ残したまま、多くの時代小説と同じように永遠に忘れ去られていたかもしれない。


作者、トマス・サヴェージがなぜ秀でていたのか。


それはー自然界の変わることのない揺るがない圧巻の掟と定義。相反するかのような、細やかな人間感の不協和音、恐れ、抗えない同性愛への秘密。


いくつかを微妙に絡ませることにより、超大自然の暮らしの中。どこに向かうか分からない、不安定な、仮の家族のもうひとつのある物語を並行して浮かび上がらせていったこと。


兄フィル。彼は資産もあり壮大な牧場主だ。彼は見た目も良く、馬、技、仕事、音楽に至るまで何をやらせても器用にこなす男。働き手の仲間からの信頼も厚い。


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兄フィルを演じるベネディクト・カンバーバッチ。


ただー彼は残酷だ。西部の長い文化歴史をそのまましょいこんだような男。


弱い者をとことん嫌う、コテコテの差別主義者であり極度の潔癖症。そこにいる誰もが、フィルが側にくると足が震える。息が止まる。酒場では仲間からの彼への媚びた笑いだけが広がる。フィルは日々のルーティーンを完璧にこなし、一切の妥協も許さない。


逆に、弟のジョージは気が弱く見た目もどちらかといえば冴えない。やることはきっちりやるのだが、ジョークの一つも言えない面白味のない人間。ジョージもまた兄フィルの目をいつも気にしながら、控えめに一緒に暮らしている。ただ自分と異なる兄フィルを尊敬もしているのだ。


兄フィルもそんなジョージを時にバカにし、あざけり笑いながら、たった一人の弟としてなくてはならない家族として認めていた。


馬から車へー移り行く時代の価値観の変化も微妙に感じられ、鬱積する気持ちをしょい込みながらも、後継者も育っている。それは彼も満足している変わらぬ牧場の暮らしだったはずだった。


しかし、、、、その状況が一転することが起こる。



弟ジョージが、ある清廉な亡き医者の妻であり、未亡人ローズと知らぬところで静かな恋に落ちていたのだ。


ジョージはローズと結婚することを決心し、男だらけの牧場ー。あの冷酷で非情な兄フィルがいる自宅へローズを連れてくるのだが…。


さらに、未亡人ローズには前夫との間に息子がひとりいたのだ。


少年の名前はピーター。


彼はほかの子供より、すこし成長能力が遅いようなところもあった。けれどー年齢を重ね独得の集中力をもつ美しい少年に育った彼は、いつも沈着。確かな洞察力と大人びた瞳をもった子供でもあった…。


フィルが弟の再婚相手人ローズへ向ける尋常ではない敵対心。


非情で冷態な態度にいつも怯えるローズの気持ちは、DVから逃げるに逃げられない檻の中にいる子供のようで読んでいる方も恐怖でいたたまれなくなってくる。


優しいが、鈍感な夫である弟のジョージも頼りない。緊張的暮らしを日々強いられる中、ローズはどんどん精神的に蝕まれていく…。


そして、、、おなじ屋根の下で暮らすようになった連れ子のピーターと、フィルの関係もーある秘密を共有したことで、思いがけない関係性へつながってゆく。


強靭なフィルの内面には、(もしかして本人は気付いているのか、決して定かではないけれど…)ある性的傾向があること。その事実が、読者である我々にも徐々に示されてきているからこそ、二人の関係がどこへどう向かうのか展開に息もつけない。


そして、彼のある意味、誰にもそれまで悟られることのなかった秘められた感情は、思いもよらない結末、衝撃的なラストを呼び起こしてしまう…。


それはー個人の物語であるのに、西部の時代の終焉のように哀しく、侘しく、、。読後はしばし誰とも口を聞けなかったほどにズシーンときてしまう。


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ローズ 弟が結婚した未亡人の名前 薔薇の花もひとつのモチーフになっているよう。


この本。元は1967年に発売され長らく絶版になっていたという。それが2002年に再出版され、瞬く間に大反響を巻き起こした。たとえば西部劇ながら同性愛を扱った『ブロークバック・マウンテン』の先駆けような作品だったとさらなる評価が高まったとのこと。


ストーリーとしての質の高さも一級品。とくに兄フィル、弟ジョージ、彼の妻になるローズ、連れ子ピーター。家族となった彼らの緊張関係、音、会話、悲愴な嘆き、日々暮らしぶりから浮かび上がってくる中盤からの運びは、どんなサスペンスにも引けをとらない張り詰めたシーンの連続。


それに加え多様化がより進んだ現在ー。


時代に取り残されたような、孤高の差別主義者であるフィルの姿は、ある意味、滑稽にも映る反面、孤独な物悲しささえある。


逆にー彼が秘密に抱えている、この時代にとんでもなくタブーであったろう性に関して、わたしたちはどう受け止めればよいだろう。主人公のフィルでさえ、きっと、それは受け止めきれない問題であったに違いない。


さまざまな背景と歴史的風景。だからこそーいまー原作を映画化したくなったジェーン・カピニオン監督の気持ちが染入るように伝わってくる。


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左から、ピーター役のコディ・スミット=マクフィー。ウィル役のカンバーバッチ。弟ジョージのジェシー・プレモンス。ローズ役キルステン・ダンスト。


本を読むと、、フィルの容貌、体躯、見た目も、仕草の描写すら主役のカンバーバッチそのもので違和感がまったくなかったことは驚くべきこと。五十年以上前に出版された本なのに、カンバーバッチの容姿をモデルにして書いたようなデジャブ感。


ー英国人が生粋のアメリカン・カウボーイをそれだけ完璧に近く演じているとは、往年のスカーレット・オハラ役ヴィヴィアン・リーや、近年のリンカーン役のダニエル・デイ・ルイスといい、まさしく役者の力量の本領発揮。


ジェーン・カンピオン監督は名前を聞いたとき「わっ!ナツカシイ」と思ってしまった!


なんといっても『ピアノ・レッスン』が強烈。大復活だ。そしてーキルステイン・ダンスト。数年、私生活でも色々あったようだけれど、予告編を見る限り大人の熟した女性にすっかり変貌している。


わたしはNetflix未加入で映画の方は未見だからなんとも言えないけれど、原作を読んで俄然映画の方も観たくなってしまった。


映画の方も圧倒的評価を獲得。アメリカン・フィルムインスティテュートによって2021年の最高の映画の1つに選ばれ、、なんとつい先日のアカデミー賞では最多11部門12ノミネート!邦画『ドライブ・マイ・カー』(このノミネートもスゴイ快挙!)と熾烈な賞レースを期待できそう。受賞したら、再度、劇場でかからないかと期待しています。


ただー作品を見た日本の方々のレビューを各サイトで覗いてみると、評価はそれぞれマチマチのよう。



「良い作品だが面白くはなかった」という、ある感想を読んで、原作を読んだ者としてはたしかに内容として見たらそうでしょうねと思ってしまった。娯楽作とは真っ向から反対にある。けれど目が離せない人間模様とサスペンス。以前はタブーともとれる題材を真っ向から迎え入れることのできる「現在」は、要約、到来した自由な時代だってことになるのかもしれない。



ちなみにーこの原作。60年代に一度、ポール・ニューマンで映画化の話も上がったそうだ。だがその頃のアメリカの社会背景では、このようにほぼ原作に忠実とした製作はきっと難しかっただろうと思う。


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それにしてもーアメリカ人にとって大自然、荒野、広大な土地に対する思い入れは、わたしたちが感じる以上に強く郷愁を誘うものであるよう。いつの時代になってもー過ぎた時代の地に関する映画や小説が発売され愛され続けているのを知るたびそれを強く、、強く感じるのです。



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