追悼 シドニー・ポワチエ ひたむきさと品位の人へ想いを寄せて 黒人初の主演男優賞

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黒人俳優として初めて米アカデミー賞の歴史で主演男優賞を受賞。米映画界における人種の壁を突き崩した先駆者として尊敬を集めた名優シドニー・ポワチエが1月7日が逝去しました。(映画com)


激動の時代を生き貫いた功績に世界中から追悼の声が寄せられた。俳優の枠を超え、政治家からアーティスト、米バイデン大統領、彼が暮らしたバハマ首相に及び、どれほどポワチエがかけがえのない人であったか、想いと敬意に溢れていた。


わたしにとってもシドニー・ポワチエ作品は、映画というものをたまらなく好きにならせてくれた作品ばかり。どれもが多感な時期に触れた映画だ。


いま考えるとーポワチエという稀有な黒人俳優がいたからこそ、スクリーン上にはどんな人種も存在していることも知った。あらゆるカラーの人々がいて、それぞれが光輝き、それぞれが人生に役割を果たすものなのだ、というー現在では当たり前のこと。長い間こころに伝えていてくれた気さえする程の大きな存在の人だった。


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「この人が側にいたら、どこへ行こうが怖くない」 


ジェームズ・スチュワートやグレゴリー・ペックが醸し出す誠実さとひたむきさ。ーポワチエ作品にも滲み出ていた。彼なら信じられる。信じてみたいと思わせる「誠」が見えたから。


初の黒人大統領であったオバマ氏は、最大の賛辞で追悼。


「シドニー・ポワチエはその革新的な役柄と並外れた才能を通して気高さと品位を示し、私たちの絆を深める映画の力というものを見せてくれた。彼は次世代の俳優たちへ扉を開いた人でもあった」


ポワチエの俳優人生は、そのオバマ氏の言葉通りの道を歩んできたー


極貧のマイアミで生まれ、NYで皿洗いしながら演技を学んだポワチエ。デビューした50年代~キャリア絶頂期である60年代の作品には現代にも通ずるままならない葛藤。人種の壁にじっと静かに耐える苦悩を描くもの、変革する前触れのようなブラック・パワーに魂が震える作品が数多い。


遠くつたない青春の記憶とともに、ポワチエの真摯な演技が漲る作品と私生活において、わたしから、ポワチエへのたゆまない気持ちをすこし長くなりますが思い出とともに綴ってゆければと思います。


わたしがー初めてポワチエの出演している映画を見たのは十代最初のころ。


テレビ深夜映画枠で見た『暴力教室』


ときはー80年代に入ったばかり。校内暴力、不良、受験戦争ーなど若者たちの大人への抑圧されたエネルギーが一気に噴き出た年。


その影響からか、30年近くも前の若者風俗ヒーローであったジェームズ・ディーン作品がリバイバルで支持された傾向とおなじく、『暴力教室』は、一度は見ておきたい伝説の名作。深夜といえど、テレビに正座してかじりついて見たのだった! 


ビル・ヘイリーのカッコイイ主題歌が流れ出す。ロック・アラウンド・ザ・クロック♪の軽快なナンバーと黒板に映し出される゛Blackboard  Jungle ゛のタイトル文字。


ーデビュー間もない時だったポワチエは、『暴力教室』だけでも忘れがたい強烈な「精神性」、確固たるインパクトをわたしに残したのだった。


それは、、、不条理でどうにもならないことや歪んだ社会の状況でも屈しない、媚びない、姿勢を正す。誠実な人に対しては、誰もがその真摯な精神を脅かすことはできないんだということ。


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『暴力教室』(米55年) 矢印先が生徒役のポワチエ。右の先生役グレン・フォード。真向かいに立つ、ひとりの白人生徒役がビック・モロー。戦争TVドラマ『コンバット』の軍曹役でこちらも大スターになった人。



東部のハイスクール。軟派の白人ボス(モロー)と硬派の黒人リー(ポワチエ)に率いられた二大生徒グループ。教師たちの授業を無視。女性教師には乱暴をはたらき、学校はすでに彼らがあらゆる限りを尽くす無法地帯。多くの教師たちがサジを投げる中、新米教師ダディエだけは懸命に彼らに立ち向かうというストーリー。


軟派のビック・モローは、おなじアクターズ・スタジオである先輩ブランドのもろ影響を受け、ワルガキ風でそれはセクシーだった。モローといえば『コンバット』もだけれど、晩年はなんといってもTVドラマ『ルーツ』。奴隷である主人公クンタキンテをムチでバチバチ打ってた人である。どっからどう見てもへの字口のイヤ~な面構え。白人でありながらも、信用できない…。


ー教師ダディエが、もう一度学校を立て直したいと向かい合ったのは硬派のリーダー、ポワチエの方だった。


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社会や学校にいくら反抗していても、黒人リーの中身アイディンティティーは単に曲がったことが許せないだけ。音楽好きで生徒からの信望も熱い。教師ダディエは黒人リーダーのリーに想いを託す。なぜならー彼の根本は腐ったミカンなんかじゃないからだ。


その時、、、わたしは、ふっと気がついた!


ああーそうか!!ポワチエ演じるリーは、『3年B組金八先生Ⅱ』で例えれば゛加藤優゛だったんだ、ということを。



虐げられても鋼の精神はゆるがない。自分には強く人には優しい。いじめっ子でも彼を前にしたら怯んでしまう強靭な心の持ち主。


ハリウッドにおいても、わたし自身の中でも、シドニー・ポワチエ像は、この時に「確立」されたという気がしている。


一気に注目をあびたポワチエは、ニグロ・シアターで学んだ確かな演技力、精悍な立ち振る舞い、スター性で着々とキャリアを伸ばしていく。世は圧倒的に白人社会。彼だけスタジオでも個室がなかったり日常茶飯事だった中で。


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ポワチエの演技者としての評価がさらに高まった作品が『手錠のままの脱獄』(57年米)


ポワチエとトニー・カーティスが二人揃ってアカデミー賞主演男優賞ノミネート。肌の色の異なる二人が手錠につながれたまま逃亡。最初は憎悪しあいながらも生き延びるため協力しあい、いつしか友情すら芽生えていく社会派ドラマ。


モノクロの静粛な画面。ドキュメンタリーのように生々しさが伝わってくる。コミカルで二枚目的な印象がそれまで強かったトニー・カーティスが、シリアスな役もやれるんだとビックリしたのも霹靂だった。


だが、ストーリーはキャラ以上に過酷なものだ。


二人が逃亡先でかくまわれた家。白人であるジャクソン(カーティス)は、シングルマザーの女性に好意を持たれてしまう。だが、その女は当然のように黒人を差別している。手錠が離れたカレン(ポワチエ)に、彼女は底なし沼に続く道を教えてしまうのだ。


だがー母親をとられてしまうと嫉妬した女性の息子に、ジャクソンは逆に銃で撃たれてしまう。息絶え絶え手をとり逃げる二人。そこには肌の色など関係ない。生きることと友情だけ。


最初に観たときは徹底したリアリズム。脱走アクションながら非常に抑えたトーンに感銘を受けてしまった。社会派スタンリー・クレイマー監督ならでは、だ。ポワチエは差別を受け入れながらも真っすぐな生き方を貫いていく様を演じきっていた。


そしてーポワチエは64年。彼に黒人初の主演男優賞をもたらした、運命の映画と出会う。


大作とはほど遠い小品。出演者も多くない。黒人除隊兵で気ままな一人旅をしていたポワチエと、東ドイツから亡命してきた4人の尼僧たちだけ。


それが、、ヒューマニズムに溢れた佳作『野のユリ』



根っからの映画好きになった直後。どうしても見たいと思い続けたこの作品。やっと鑑賞できた日の感激と感動はいまも忘れられない。


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一人旅途中のポワチエ演じるホーマー。車のエンストで、水をもらいにある教会に立ち寄る。そこには東ドイツから亡命した尼僧たちがいた。「食事を用立てる代わりに教会を建ててください」その素朴な要求にこたえる彼。


最初は、彼らを訝しむ村人たちも、ホーマーの一生懸命さにいつしか教会づくりの手伝いを引き受ける。


「エーメン」 アーメンの意味。教会は完成。エーメンの大合唱も良き郷愁としてポワチエは去っていく。


たったそれだけ。それだけのモノクロ映画。わたしは、なぜだか見たあと、鼻の奥がツーンときて涙が止まらなかった。


どこの誰かも分からない一人の黒人青年と東ドイツから亡命してきたわけありの尼さんたち。どちらも社会からはみ出ていると勝手に「認識」されている者たち。


ー英語もよく分からない尼僧と、純朴で飾り気のない青年はじつは限りなくまっとう。互いの空間では上も下もない。ただ「善意」の中での同士。見終わったあとの清々しさ。あたたかさはこれこそ人間ドラマだなぁとこころ晴れわたる名品だった。



個人的に、ポワチエが主演男優賞を獲得した作品が、偏見を扱ったものや、社会的な問題作ではなくて良かったーと思っている。


どんな人種の人たちが見ても共通するヒューマニズムがあふれてる。ポワチエ自身の演技力『素』だけが見れる。逆にカラードで語られるべきだけではない堂々たる演技者であったことが証明されたからだ。


ときは60年代にー社会情勢はベトナム、公民権運動など混沌とし人種問題も激しくなってくる。


喧騒の世においてポワチエはオスカー俳優となりスターの座を獲得。さらに社会を反映した作品に出演作が続いていく。


多くは名作と呼ばれるものだけれどー同時に、、、当たり前だけれど、ポワチエの肌の色、生き方を問うものに真正面からぶつかっていく内容になっていったのは必然。


作品群は、当時…(もしかして現在も)タブー視されていた、黒人と白人の異人種の恋愛ってことにも切り込んだりしている。


そんなー種類の作品のひとつが、、、65年ポワチエが主演した『いつか見た青い空』という映画である。


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貧しい都会の片隅に住む盲目の白人少女と、じつは真面目に働き中級アパートに住んでいる黒人男性とのプラトニックな愛。アカデミー賞にもノミネート。少女の偏執狂的な母親役を演じたシェリー・ウィンタースが最優秀助演女優賞を獲得したほどの名作。


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辛い状況なのに、全てを受け止めながら内職し明るくふるまう少女セリーナ。ある日、公園に行き内職のビーズを拾ってくれた優しい男性に出会う。彼はポワチエ演じる黒人男性のゴードン。セリーナは次第に真摯で誠実な彼に惹かれてゆき…結婚したいと思うまでになる。


貧しい少女を学校に通わせたい。ゴードンは純粋に願う。だがー同時に、こんなに優しい人間に出会ったことはないという彼女に、ゴードンは苦悩する


「そんなことはいっちゃいけない。わたしは黒人なんだ」
ー彼女はいう「とっくに知っていた。そんなことは理由にならない」と。


二人の仲を知る母親は当然のごとく二人を引き離そうとする。このままならー純粋な娘はこの過剰な母親とさらなる過酷な運命をたどることになってしまう。助けたい。


「白人とは絶対つきあうな!」 兄からも怒鳴られたゴードン。重々分かっている。それでも…どうにかなるものなら、、、でも、どうにもならないことも分かっている。虚しさと憤り。セリーナを乗せ過ぎ去ろうとするバス。ゴードンの手には彼女のオルゴール。


異人種のピュアな愛を描いたこの作品ーじつは日本より米での方がずっと評価が高いのだ。


わたしは違う映画が目的で名画座に出かけたのだけれど、同時上映のこちらに、こころ奪われて、しばらく椅子から立てなかったことを覚えている。


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『いつかみた青い空所有チラシ 怒りを最大限に制御させたポワチエだからこそ引き立った誠心の愛。


次作ーわたしの会社の同僚が「自分にとって史上最高に好きな映画で最高の主題歌!」と語った 『いつも心に太陽を(To Sir,with Love!)』 original sound track 1967年でポワチエは熱血教師という(暴力教室から約10年後!)役柄で大成功をおさめ、キャリアのピークに達していく。


そしてー彼の代表作ともいえる他の二作が公開されたのも、この年。


『招かれざる客』と、社会の世相まで揺るがしたと言われる『夜の大走査線』の二本だ。


あまりにも有名すぎる作品なので、ご覧になった方も多いはず。


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『招かれざる客』米67年 優秀な黒人医師ジョン(ポワチエ)と白人女性ジョーイ(キャサリン・ホートン) タクシーに乗った若いカップルは未来について語り合う。二人の意思はいたってシンプル。好きだから結婚する。それだけだ。



ー二人の結婚には当然ながら双方の親が困惑する。


理由は、、彼らが出会い数日間で結婚を決めたこと。ー相手が異人種であるということ。当人たちは冷静で真面目なのに、なぜー社会や大人は古い体質から目覚めようとしないのか。


いまでは信じられないことだけれどー映画公開当時、異人種間結婚は歴史的に米国の多く、17の州で違法であったのだから、作品がいかに衝撃だったかが分かるというものだ。



娘の両親を演じる、事実をどうしても受け入れられない頑固な父親を名優スペンサー・トレイシー。「二人の愛は、わたしたちの若いころの気持ちとすこしも変わらないのよ」、と夫を優しく説得するキャサリン・ヘップバーン。息のあった二人の名演技も素晴らしかった。


放映されるたび、結末が分かっていても見てしまう。名優たちの人間劇もさることながら、人間同士が語り合い、相手になんとか伝えたい、分かって貰おうとする純粋さが時を経ても少しも変わらないからだと思う。


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ポワチエ演じる白人医師は父親に叫ぶ。「いま変わらなければ、親の世代の重荷を我々はずっと背負うことになる」


数年前『いつかみた青い空』では盲目の少女との献身的な愛にじっと耐えていたポワチエ。この映画では穏やかながらときに感情を露わにする。数年間に社会は確実に動き出していたことが映画を見ても分かる。


そしてーポワチエの最大の代表作であり問題作が『夜の大走査線』であることは間違いないー。


67年アカデミー賞作品賞。コテコテの差別主義者ながら、次第に黒人刑事へこころを開き彼にいつしか敬意を抱いていく白人刑事を演じたロッド・スタイガーが主演男優賞、ほか計5部門を獲得した作品。


うだるようなアメリカ南部ミシシッピーの町。実業家が殺され、黒人であるというだけでティップス(ポワチエ)が逮捕される。


管轄の白人刑事ビル(スタイガー)は、逮捕されたティップスが、じつはフィラデルフィアの凄腕の刑事と知り、協力を仰ぎたい。、、だがーここは差別がすこぶる酷い土地。苦悶しながらも真犯人を捕まえるため、二人は紆余曲折な目に合いながらついに真相にたどり着く。


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映画のポワチエを見るたび胸が熱くなり喝采を送りたくなるのは、わたしだけではないと思う。


肌の色がただ黒いというだけで、街の人たちに唾を吐かれるような行為をされ、言われもない罵倒を浴びせられる。


リンチまでされそうになっても、彼=ポワチエは怯まない。歴史の抑圧で、他人が彼を封じ込めようとしても、それを受け止めながら、もがきながらも仕事を全うするために戦っていく。


派手な打ち合いがあるわけでもない。淡々と、しかし、生々しく緊張感の中ー話は進んでいく。若かったわたしは事件そのものより、アメリカ南部において未だこのような根深い差別意識があることを知りショッキングだった。


『夜の大走査線』で最も有名なシーン。黒人であるティップス刑事が、白人の店主のもとへ尋問に伺ったときの場面。


白人人種差別主義者が「なぜニガーが家にくる」「ニガーのくせに」と繰り返したあげく、ティップスにいきなり平手打ちをする。だがーテイップスもその店主にすかさず平手打ちを返す。



0:56分。歴史的シーンを見るたび、誤解を恐れずにいえば、わたしは胸がすくような爽快感が湧いてくる。握りこぶしをギュッとしてヤッター!!と叫びたい。畏敬の念さえ抱く毅然としたポワチエ。瞬間のロッド・スタイガーの腰を抜かしそうな表情も絶品。


当時ー現実はおろか、ドラマの中でも白人が黒人に叩かれるなんてことはあり得なかった。あってはいけなかった。


ー映画の中でポワチエがそれをやった。ーアメリカではキング牧師が平等の尊さを説いていた。平和運動も高まりつつあった。なにかが変わった瞬間だったと、アメリカの多くの人たちが現在もこのシーンを語り継いでいる。それくらい大きな場面。


だが、、皮肉なことに、、、


時代が移り変わり、真のブラック・パワーが力をもったころから、ポワチエは逆に非難されるようになってしまう。


ちょうど71年『黒いジャガー』(原題シャフト)が公開された。その傾向は顕著になっていく。(←サントラ持ってます。ムチャ、カッコイイ)スタッフも出演者も音楽もみんなブラックで固められ制作された映画が公開されてゆく。


背広を着た優秀な黒人なんて一部。貧困に喘いだり、悪とつるんだリ、ありのままの姿を見せることこそ俺たちなんだ、という。


そこでーポワチエは白人、黒人、両方から非難さえ浴びるようになってしまう。


白人たちからは「ポワチエの映画は、所詮、白人の中のアンクル・トムだった」と揶揄され、一方同胞の黒人たちからは、「ポワチエの演じた役柄はみな優秀で秀でたものばかり。結局は白人が作りあげたハリウッドの中にいたもの」と批判される。


、、それまでの功績がなかったかのように、、次第に70年代を境に彼の出演作は途切れるようになってしまった。


ーポワチエだけに限らなかった。リアルなニューシネマ時代の到来。美しいスターたちがいたハリウッド・システムが崩壊してしまったことも大きい。ポワチエも波に飲まれてしまったのは致し方ない。新たな改革とともに大切なものまで見過ごされた激動の時代の変化だった。


そしてー理由のもうひとつが、、、


ポワチエが白人の妻をもらったこと、「その時」はそのことも大きかったのかもしれない。


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68年『失われた男』で共演したポワチエと白人女優ジョアンナ・シムカス。二人はあっという間に私生活でも恋におちてしまった。夫婦だと知り深夜テレビではじめてこの映画を見たときは二人の関係に胸がドキドキしてしまった。


黒人スターの成功のステイタスは白人の伴侶をもらうこと、つきあうこと。ー自由恋愛に関しても、アメリカは異人種の平等を訴えながら、一方では批判されるという矛盾の歴史を繰り返してきた。


ーわたし個人は、彼女とポワチエの間の愛には、思惑や意図的なものはすこしも感じなかった。


ポワチエと恋におちた、カナダ出身のモデルであり、フランスに渡った女優でもあったジョアナ・シムカス。世間の非難や中傷なんてこれっぽっちも気にしない女性。


十歳以上年の離れたポワチエとの愛を貫き、芸能界をあっさりと引退してしまったほど覚悟の人である。


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所有雑誌『スクリーン』からジョアンナ・シムカス。当時、アラン・ドロン、リノ・バンチュラと共演した『冒険者たち』で彼女が演じたヒロインは日本のとくに男性ファンから熱狂的に支持された。清純でスタイルよく美しく、ほんとうに可憐な人。


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結婚後、あるパーティーでの幸せそうなお二人。娘たちにも恵まれ結婚後一切浮いた話もなくポワチエの最後の日まで添い遂げた。


わたしが思うのはーシムカスはこころの目で、ポワチエを見たのだと思う。


モデルであった彼女の周りには、美しい男も大勢いたろうし派手な男性もいたに違いない。彼らが良い人でなかったなんてことは決してなかったにしても、、肌の色が濃かろうが薄かろうが、見た目が優れていても、そうではなくても。、、表の価値観で人を測る尺度は、彼女の心には微塵もなかったのではないだろうか、、。


1998年ドキュメンタリー、シドニーポワチエ「1つの明るい光の中」で、妻シムカスはポワチエの結婚式の日と彼について語っている。


「わたしたちは(一緒に)いる運命にあったと思います。わたしはカナダで育ちましたが、アメリカとは異なり、偏見はまったくなく、そんな気持ちは一度もありませんでした。実際、問題が発生したことは一度もなく、とても静かな生活を送っています。そのままに。よくわからないけれど、彼を黒人として見たことがないんです。つまり、、彼が黒人であることは知っていますが、わたしは彼を男として見ただけで、彼はただの素晴らしい人で、素晴らしい人間だったのです」



また彼女は続けて、、語る。


「わたしがこれまでに知った中で彼は最も誠実で、最も素晴らしく、寛大で、親切で、正直な人、ただ、ただ良い人。それにチャーミングですよ。いいえ、最初会ったときはゴージャスでさらに魅力でしたよ」と笑顔で語ったそう。


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晩年ー自由勲章を授与されたポワチエと妻のシムカス。いつも彼の側には娘たちと妻のシムカスの姿があった。


70年代から時は流れ~


80年代後半、音楽界はラップにヒップホップ、映画界ではスパイク・リーの『ドゥ・ザ・ライト・シング』が世に出て、第二のブラック・パワーブームが到来。世界中のチャートや賞レースに再び黒人たちの名前が連なるようになったとき。



シドニー・ポワチエに対する評価も、あらためて上昇し、彼の偉大なる功績を見直すべきだという声が黒人層からも次第に高まっていった。


「ああ! 我々にはシドニー・ポワチエがいたじゃないか。いまよりもっと苦難に満ちた業界、白人至上主義のハリウッド時代。俳優として、ただ一人。怒れる誠実な魂と、威厳と誇り、高貴な美しさで、我々に力を与え続けてくれたのはポワチエだった」と。


わたしも、そう思った。遅すぎるくらいの再評価だ。


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『いつも心に太陽をマーク教師を演じるポワチエ。人種偏見、家庭、貧困問題などを抱え、やるきのない白人生徒たち。そんな彼らにひたむきに向き合ってくれる黒人教師。


こんな先生がいたらいいなって、みなが感じた。それ以後の学園映画、ドラマ、漫画に至るまで影響を与えたと思う。



『いつも心に太陽を』名シーンの数々。劇中でルルが歌った主題歌はビルボード5週連続NO1の大ヒットを記録!


ポワチエが、尊敬の意味をこめていまでもファンや後輩たちから「Sirサー」と呼ばれるのは、英国で勲章を授与されたこと。そしてーもうひとつの理由。作品の原題が『To Sir, with Love』だから。ポワチエ作品で欧米のいまも若い人たちに最もポピュラーなのはその影響も大。動画の2,6万件ものイイねと2,000件に近いコメントが物語っている。


ー50年代から60年代。黒人と白人が同じバスに乗ることすらできない時代。


ポワチエが演じる役柄はほとんどが抑圧され憎悪をうけながら己を奮い立たせるものばかり。単に役柄でそれを演じるだけなら仕事だからそれでもいい。


しかしーあの頃ポワチエは実際、日常でも差別されている真っただ中。虐げられる役柄を敢えて演じ続けるということは、どんなに屈辱的で辛いことだったろう。


並みの神経の人間なら出来なかった。卑屈になったり、落ち込んだり沈んでしまったことだろう。類まれな精神、ひたむきで実直なシドニー・ポワチエだからできたこと。やっとみんなが気付いたのだ。


そしてーその賛辞の声がピークに達したのが、2001年のアカデミー賞。


当時ポワチエに次いで黒人で二度目となる主演男優賞を獲得したデンゼル・ワシントン。彼が受賞時に、その年、偶然にも名誉賞を授かり特別席にいるポワチエに向かって感謝のスピーチを伝えた場面。


「シドニー、40年間、わたしはあなたを追いかけ、今日やっと受賞できました。わたしはいつもあなたを追いかけます、いつもあなたの足跡をたどります。わたしがやりたいことはほかに何もありません、サー。あなたがいてくれたことに感謝します」


照れくさそうに、デンゼルの言葉にこたえ、笑顔で手を振るポワチエの姿がほんとうに感動的なシーンだった。


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新旧二人の大スター。ポワチエとデンゼル・ワシントン。デンゼルはポワチエを生涯、師と仰ぎ友情は限りある日まで続いて。(フォトGetty images)


デンゼルが受賞し、あれから20数年ー。世の中は多様化し、変わったことも、まだ変わらないこともあり続ける。


米ミュージシャンのレニー・クラヴィッツはこう語りポワチエを追悼した。


「サー・シドニー。あなたの輝く光は弱まることがない。あなたが開いた扉、作り上げた道はこれからも夢見る人々の道を作り続けるはず。ヴィジョンと品性があれば全てが可能になると世界に示した、あなたの卓越性はこれからもずっと指標となります。安らかにお眠りください。あなたの美しい家族に私の愛と哀悼をー」


ー妻シムカスとファミリーは、感謝のこころで彼のファンと愛してくれた人たちにこう言葉を贈った。


「父に、世界中から愛を注いでくださった皆様に心より感謝申し上げます。非常に多くの人が、私たちのお父さんの並外れた人生、彼の揺るぎない品位の感覚、それらを敬意して下さることに感動しました。多くの人が示したすべての愛のために、彼はあなたたちを愛していたことを知ってください」


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シドニー・ポワチエ わたしは映画の名のとおり、『野のユリ』のような人だったと思う。


どんなに風や埃が舞い散る、路上の片隅でも、人の目にすぐ止まらずとも、そのユリは堂々と威厳の美しさを放ち咲き続ける。 


そして、ある人がその花を見つけ、そっと気高い香りをかいだとき、そこから届く勇気や優しさは何倍にもなって人に届けられる。


シドニー・ポワチエ、素晴らしい作品と多くの勇気をありがとう。


あなたの作品はこれからも決して色褪せることなく、永遠に輝きを放ち続けることでしょう。



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Comments 4

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ギターマジシャン  
RIP シドニー・ポワチエ

シドニー・ポワチエというと、「夜の大走査線」が何と言っても代表作でしょうし、自分はあまり他の作品を知らないのですが、こうしてm-pon5さんの追悼記事を拝見していて、本当に多くの名作を残したのだなあと実感しました。

「手錠のままの脱獄」は、黒人と白人のバディものの先駆けだったかもしれませんし、「ミッドナイトラン」も、これを意識しているかもしれないです。
(以前、おそ松くんで脱獄する巻は「ミッドナイトラン」をモチーフにしたとコメントしましたが、きっと、こっちでしょうね)

ロックンロールの元祖ともされる曲が流れる「暴力教室」、アカデミー賞の「野のユリ」と本当に名作だらけで、惜しい方を亡くしたという、一言では片づけられないですね。

あらためて、ご冥福をお祈りいたします。

2022/01/19 (Wed) 19:08 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
>RIP シドニー・ポワチエ

>ギターマジシャンさん
コメントありがとうございます<(_ _)>

シドニー・ポワチエ、一言でというと゛ジェントルマン゛姿勢がいつもピシっと伸びていて、その誠実さが伝わるような素敵な俳優でしたね。

現役のときは想像を超えた苦労もあったと思いますけれど、晩年は妻や子供、多くの孫ひ孫たちに囲まれほんとうに穏やかな大往生だったと思います。

もしハリウッドにポワチエという人がいなかったら?とふっと考えて…彼の堂々とした存在があったからこそ、のちの主役級エディー・マーフィーやデンゼルが出てきてもスッと受け入れられて~いまに続く多様化ハリウッドの原点だったようにも感じますよね。

「手錠のままの脱獄」たしかに!バディもの、白人黒人コンビものの大ヒット一号かも^-^

ブログにも書いたのですが、会社の映画好き同僚で同年代の、自称、永遠の男の子?Aさんの生涯ベスト1映画が『いつも心に太陽を』だそうです。当時のロンドンの街並み。ビートルズ、モンキーズを抑えて米年間チャート一位にもなったルルの主題歌。ポワチエの先生役がまたひときわ感動的で。直球でこころ温まる作品です~名作が多いポワチエですが、音楽好きのギター・マジシャンさんもぜひ機会あったらご覧になってみて下さいませ。

2022/01/20 (Thu) 23:13 | EDIT | REPLY |   
AKISSH  
R.I.P シドニー・ポワチエ

思いのこもった素晴らしい記事でした。

2022/01/22 (Sat) 00:00 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
>R.I.P シドニー・ポワチエ

>AKISSHさん
コメントありがとうございます<(_ _)>

温かいコメントありがとうございます~ひたすらお恥ずかしい限りです~ゞ大好きな俳優ー思い出の中でキラキラ輝いているスターは、ついつい熱く語り尽くしてしまいたくなります^-^駄文よりなによりその映画を見れば納得ですよね。

記事を書いていて自分自身もあらためてポワチエの気品と渾身の演技力を思い出して…地上波で彼の映画がたくさん見れた贅沢な時代に感謝感謝です。幸福な時間をいっぱい与えてくれた最高の俳優の一人でした。

2022/01/22 (Sat) 20:44 | EDIT | REPLY |   

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