「愛と哀しみの果て」アンチ・メリル派さえ唸らせた七変化演技

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「愛と哀しみの果て」 原題Out of Africa
1985年製作/161分/アメリカ

 


アカデミー賞作品賞及び計7部門受賞
AFI歴代情熱的な映画13位 
AFI歴代映画音楽15位 ジョン・バリー



監督 シドニー・ポラック
出演 メリル・ストリープ ロバート・レッドフォード 
音楽 ジョン・バリー


デンマークの資産家の娘カレンはスウェーデンの貴族と便宜結婚し、ケニアへ渡る。コーヒー農園を経営することになったカレンは様々な困難にみまわれる。彼女はいつしか英国の冒険家と愛し合うようになり……。アイザック・ディネーセンの自伝を映画化した一大ロマンス。


個人レビュー ☆☆☆★★    


☆=20点 ★=5点


映画の主人公である女性、カレン・ブリクセンは言う。


「わたしが何よりも恐れていること。それは人生の終わりに自分がだれか他人の夢を生きたと気づくことだ」


はじめてジックリと初鑑賞。全編を通して流れているメッセージはそこだった。そして…行き着く先は、、メリル・ストリープ。これだけ魅力的な題材に囲まれていても、結局は、、メリル・ストリープの圧勝であった。そんな作品だ。



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公開された80年代半ば。女性の自立が高々と叫ばれた時代。


物語1913年。一人の裕福なデンマーク貴婦人カレン。彼女は便宜結婚した夫ブロア・ブリクセン男爵とアフリカの地に行き、そこで様々な困難や愛を知ることで自我のアイデンティーティーに目覚め帰国するというストーリー。


原作は女性作家カレン・ブリクセン (アメリカでの出版時のペンネームはアイザック・ディーセンなど別名義)の回顧録。


この作品はー公開当時の80年代をどう生き抜くべきか悩んでいた女性たちの指針であったと思う。


アフリカという未知の世界。その地で苦心しながらも自己を探求し、捨て身で動くカレンの姿に、未来に立つ向こう側の自らの姿を重ね合わせた世界中の女性たちが、自身を鼓舞するには、これ以上の題材はなかったはず。


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メリル・ストリープ演じるカレン・ブリクセン。夫がイギリス領東アフリカのナイロビに牧場を設立するため、彼女もその地で暮らすこととなる。初めて訪れる異国。不安と期待で入り混じる。


しかしー原作となる回顧録が、アフリカ=魂への導きともとれる骨格のカレンのハッキリした自叙伝だったものに対し、、そこは良きにしも悪きにしてもハリウッド!


映画では、アフリカの大地に繰り広げられる夫婦という名義だけの夫と妻。その関係に満足しているつもりが、じつはそうではない妻と誰にも縛られたくない自由なもう一人の男。一言「愛」といっても隔てれば他人。そんな不安定な倫理の狭間で揺れ動く女ごころを描く一大抒情詩。ロマンティックなメロドラマへと形を変え大成功させてしまった。


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到着したナイロビ。そこで彼女はソマリアの首長であるファラーによって迎えられる。


じつはー作品を見ていちばん驚いた部分のひとつが、現地アフリカ人たちとカレン=貴族たちとの彼らの関係性の曖昧な描き方だ。いま見ると思いのほか、つながりが軽薄に感じてしまう。


鑑賞前は、スチール写真や聞きかじった情報から、アフリカの未開地とされる地での現地人との交流、開拓していく様子、汗ほとばしる生活などが物語の中心となってストーリーの時間軸が回っていくものと勝手に想像していた。


しかし、、映画はあくまでもラブ・ストーリーが軸。アフリカ人との関係が描かれる時間は、おざなり程度に出てくるだけであった。


映画の中、カレンは夫の牧場から計画変更によるコーヒー農場の建設に四苦八苦。小民族の世話をし、教育の必要性から学校を設立を促したり、、と。自叙伝記述でもー彼女は農場において現地の人々たちがかかる様々な病気、発熱、天然痘、髄膜炎、チフスに苦しむ人々など世話をしたとされているのだけれど、、、


ーしかし夜になれば貴族同士で豪華なディナーと優雅なひとときを楽しみ、穿った見方をすれば、自分たちが保有する植民地の中のアフリカ人たちを支配し働かせているだけともとれる。


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いまー見ると、作品の捉え方として若干の違和感は拭えない。貴族たちの大いなる自己満足、善意も金持ちの気ままな道楽の延長のような気がしないでもない。


けれどー考えてみればー舞台は1913年。大正2年の話である。カレンたちは大富豪であり裕福な貴族。分かりやすいのは、この作品の一年前が舞台となる映画『タイタニック』に出てきた貴族たちの暮らしぶり、豪勢ぶりを思い出してみれば分かる。


そういう時代だったー。


なのでーアフリカ人たちに対する、貴族たちの態度や雄豪ぶりからなる違和感は、枠から外し、すこし横に置いて観るべきだろう。


作品は映画として脚色され、抑制された世界の中、それまで何の不自由もない一人の貴族女性が、未開の地で自己を見出そうとしていく物語ーカレン自身が「真実の恋」を見つけるロマンティックなラブ・ロマンスなのだ。


それは、、この人が出てこれば一発! 答えが証明される。


そうーロバート・レッドフォードが演じる、何物にも捕らわれない、アフリカの大地で自由気ままに暮らす英国人ハンター。デニス・フィンチ・八ットン。彼が彼女の前に現れてから…空気が一変!


いやあ~もう、ぐうの音も出ないとはこのこと(笑)


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デニス・フィンチ・ハットン。アフリカを知り尽くした男。仕事がら夫と別居婚し夫婦間問題やコーヒー栽培に失敗し苦戦するカレンに、時にはアドバイス。それまでの彼女が見たこともなかったアフリカの黄金とも呼べる大地の輝く美しさ、野生動物の生態などを伝授してゆく。


まあー!!こんなイイ男が突然にー右も左も分からず、予備知識も全くない不安だらけの知らない異国の地に現れ、銃の撃ち方を手取り足取りアドバイスしてくれ、ディナーに毎夜来ては楽しい話をしていってくれたりしたら、、、、、


それは~頭がクラクラしない女性がいない方が不思議~~w



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ロバート・レッドフォードはデニス・フィンチを演じていようが、どこまでもロバート・レッドフォード。どこからどう見てもイギリス人には見えない。


ーメリル・ストリープがデンマーク訛りの英語までモノにし演技しているとは真逆。英国アクセントでもまったく話していない。どう転んでも、アメリカのモンタナで馬にまたがり野を駆け巡る姿。それしか浮かばないのだ(笑)しかしーこれこそスターの証。


映画『追憶』でも甘いレッドフォードの最大限の魅力を引き出した監督シドニー・ポラック。彼でなければーこの壮大なロマンスは物語的にも興行的にも成功しないということを誰よりも知っていたのだろう。カレンの身も心をも、恋の炎でユラユラ揺さぶり、翻弄させてしまうような男性は、この時点でレッドフォードでなければ説得力が出ないことを。


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カレンはデニスとの出会いにより新たなことにドンドンとトライ。新たな自分自身を発見し、世の中は、こんなにも限りない可能性に溢れていることを知っていく。


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映画中、一、二を争うほどの有名なシーン。二人が乗る小型飛行機。飛行する上空と共に、アフリカの果てしなく広がりゆく地が、約十分間にわたり、これでもかいうほどの絶景で映し出されていく。


飛行シーン中ーバックに流れ続けるのがジョン・バリー!


恋愛映画のサウンド・トラックをかかせたら右に出るものはいないとさえ言われた名作曲家 (『ある日どこかで』『007ロシアより愛をこめて』『ダンス・ウィズ・ウルヴス』など名曲にいとまがない)。彼の描いたテーマ曲なのだから、ウットリしないわけがない。


アフリカの壮大で荘厳なる大地ーどこまでも果てしなく広がる空。夕陽に染まりゆく黄昏。サバンナを走り抜ける動物たち。


ビデオなどない時代。映画館の大画面に映し出される遠き大地に、絵具の筆が溶け込むように美しく流れる音楽は、日常を忘れさせるに十分すぎるシチュエーション。観客は息をするのも忘れたはず。


けれど、、、、、見果てぬ地アフリカ、ジョン・バリーの涙腺緩む名曲。そして二枚目の冒険家レッドフォード、と…。


これだけ役者が揃っても、、、、


結局はメリル・ストリープが、みんな、もっていってしまったという、、!!




冒頭ではコテコテに着飾ったドレスに身を包み、あか抜けない。人ごみに紛れても誰にも気に留められないようなデンマーク女性カレン。けれどーアフリカへ移り住み、感じたことのない生きがいと、土地ををまるで自分の住処のように振る舞う強靭な男性に会ったとき、彼女は過去から解き放たれたように美しくなっていく。


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ケガをし唇を切ったカレン。傷口をそっとふくデニス。ドギマギしながらも相手に身をゆだねたい。トロンとした恍惚の表情!!


上にあげた飛行シーンとともに、作品の代名詞になるほど有名になったのが、、、


カレンがデニスに髪の毛を洗ってもらうシーン。メリル・ストリープの憂いのある表情は、ことさらセクシー。


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無謀なサバンナ旅を決行しボサボサになった彼女の髪を、デニスがそれはそれは丁寧に優しく、ときにザブザブと!堂々と、素肌を撫でるように洗ってくれる。


当時のレッドフォートに髪の毛を洗ってもらうなんて、全世界の女性たちの至宝級の夢ごこちを体現すべくーメリルの頬が徐々に憂いをおび、頬が紅色に染まる。ほんのり上気し、唇がうっすらと開いて、、、


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もう、、完全なるエクスタシー!


好きになった男の前だからこそ、無防備な喜びそのままの無邪気な顔。ある意味、ズバリ!のベッドシーンそのものより官能的。


この時点でカレンとデニスは寝てはいない。なのにーすでに二人がどうしようもないほど互いに惹かれ合い求め合っているのが分かる。彼女を愛おしく包む込むレッドフォードの手触り。カレンの透明感溢れる表情から、防御を脱ぎ捨てた瞬間。


メリル・ストリープは当時三十代。匂い立つような色香も備えた女ざかり。良い脚本はみんな彼女の元へ運ばれると言われたほど。


ー当時の彼女の一連の映画を見るとワン・シーンごとに目まぐるしく動く彼女の動作、定まらない目の動き、人を愛したときに相手を受け入れるべきか拒否するべきか、微妙な戸惑い方が抜群なのが分かるのだ。


当時、日本でも洋画アイドルたちと混じり、メリル・ストリープだけはすでに映画ファンの中でも別格という感じだった。


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それ程の存在ならばー当然アンチというべきか、不定的な人もいたわけで、、覚えているのは当時有名な女性タレントは「わたしはメリル・ストリープが大嫌い。演技があざとい」と堂々と雑誌などでも公言していたほど。女性著名人たちが「メリル・ストリープ、、どうもねえ」なんて書いてある記事なども幾度も目にした。


実際ーわたしも映画ファンの友人たちと「メリル・ストリープって美人?なんで彼女ばかりウケるのか」などーたわいもないメリル・ストリープ議論?を交わしていた覚えがある。


当時ドル箱人気女優といえば、、、ほかにはキャサリン・ターナー、デヴラ・ウィンガーなど。「彼女たちの方がよほど美女じゃない?なぜメリル・ストリープなの?」とかハリウッド談議に花が咲いた。


ーけれど、、『愛と哀しみの果て』や、彼女が出演し何度観ても役者たちの繊細な演技に溜息が出てしまう『恋におちて』『クレイマー・クレイマー』、メリルがオスカーを初受賞した『ソフィーの選択』などの殺気迫る彼女を見ると、結局は感服してしまうしかない。


一瞬で、綺麗さが分かる女優はたくさんいる。けれどー相手によって導き出される内面からの美しさが、徐々に憂いをもって表現できる女優はメリル・ストリープしかいなかった。


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カレンは自身が梅毒にかかったことで夫の浮気を知り、治療も兼ね故郷へ帰国。再びアフリカに戻った彼女は離婚を決意する。


非常に興味深いのは、彼女は便宜結婚した夫ブロア・ブリクセン男爵を決して嫌っている訳ではない。別居婚していても会えばベッドを共にする。互いを認め合っている関係でもある。


理屈では説明のつかない感情。言葉での表現は難しくとも、男と女、こと人生においての人と人とのつながりは奇妙な感情でつながっている場合も多いー不条理さが真実の物語だけにリアル。


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回復したカレンは以前より一層アフリカを愛しく思い、自分が病気だったこともデニスに告白。ついに二人は結ばれる。


肉体的、精神的にも結ばれた二人。自然のなりゆきとして共に暮らすようになる。デニスは、もう誰にも憚ることなくカレンの自宅に出入りし、出たいときに狩りに行く。何日間の旅にも出る。居たい時には側にいる関係である。


だがー物語はここでハッピーエンドでは終わらない。


ああーここが愛する者同士の誰でも経験しがちな行く末がー!



…カレンはある罪を犯してしまうのだった。


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それは、、、愛する人といつも一緒にいたい、という、デニスのような根っからの自由人にもっともしてはいけない、相手を『束縛』してしまうという罪を。


ーどうして人は、相手を好きになればなるほど、それまで無償の愛だったものが「愛をくれ、くれ」に変貌してしまうのだろう。


『結婚』はおろか、誰にもどんな物事にも捕らわれたくないデニスは彼女の元を去っていく。


一人取り残された彼女は農園に力をより注ぐが、ある日起きた火事によってほとんどの農園も工場も失い、再建不能となってしまう。働いてくれていたアフリカ人への家の保証などを知事に託した彼女は、すべての私財を売りつくすしかなくなった。


アフリカを去る決意をし部屋を片付けていた彼女。そこへ…ある一報が届く、、、


それはあまりに信じられないものだった。


この先はどうぞ映画をご覧になっていただきたいと思う。彼女はすべてを掛けようとした愛とその地に静かに別れを告げる。


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ーこの年代にじっくり鑑賞でき良かったと思う。帰国後は二度とアフリカの地を踏むことはなかったというカレン。彼女が回顧録に思いを書き記した心情が、すこしは理解できるような年齢になった気がするから。


人間だれしも、夢が叶わなかったものであったとしても「夢に挑戦し育んだ記憶」というのは、その場にいた人たちと、そこにあった風景と共に永遠にこころに刻まれる。


たしかにーケニア人との交流バランスとロマンスの比重はフェアではない。カレンとデニスが結ばれてからは、彼が彼女の自宅へ出ては入ったり…それが延々と続くかのようなシーンは長く凡丁。多くの(とくにスピーディーさを求める男性は)人はそこで席を立つか見るのを止めるか。三十分はバッサリ編集できそうだ。


そして現在ー白人至上のロマンスがアカデミー賞7部門も獲得することも不可能な気がする。


ただー作品には人を魔力で惹きつける。ゆらゆらと不思議な男女の不条理感が全編に漂っている。ー本作がいまも圧倒的に多くの支持者をアメリカ、ヨーロッパで獲得している理由は、見果てぬ遠い大地アフリカ。そこに立つカレンに、自分自身の夢を投影してみることができるからではないか。


人生を掛けた夢は過ぎればほんの一瞬ー。もしかしてデニス・フィンチという人こそ幻のように思える…でも人はデニス・フィンチのような、自分を解放してくれる存在に出会えることを永遠に探し求めている。



Out Of Africa | Soundtrack Suite (John Barry) ジョン・バリー アカデミー賞受賞曲
タイトル曲を聴いた瞬間から誰でも自分がカレンになって、わたしたちもいつか空を飛べることが可能なのかもと思えてしまう。


そして、、、冒頭にも書いたように、、


結論は、、やっぱりメリル・ストリープ!!



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ああ~わたし、、どうしたらいいの…戸惑い。溜息、愛し愛され、遠のいて。~女心の繊細な七変化。


悩める女性、メリルの表情が物語のすべてだったという(笑)


メリル・ストリープの存在は無敵どころか、いまや殿堂入りの感。アンチさえ、とっくにひれ伏すしかない存在になっていたのだった。


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ちなみに、この『愛と哀しみの果て』がアカデミー賞を独占した年。逆に総スカン、惨敗したのがスピルバーグ監督『カラー・パープル』だった。そんなスピルバーグがリメイクした『ウエスト・サイド・ストーリー』を先日やっと鑑賞してきた。


オリジナル版に思い入れたっぷりのわたし。リメイクを観てどう感じたか…近くレビューを綴れたらと思っています。



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Comments 2

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ギターマジシャン  
愛と哀しみの果て

例によって、きちんと見ていない映画ですが、自分にとって、なぜか「カラーパープル」とセットのような記憶でして、m-pon5さんの記事で、同じ頃に公開したからかと妙に納得しました。

また、あらすじを拝見して、家庭を持つ主人公が一人の女性として自立していくのは、「人形の家」や、形は違うものの「チャタレイ夫人の恋人」、さらには「エマニエル夫人」などに通じる永遠のテーマなのかなと感じました。

メリル・ストリープは、最近よく言われる「カメレオン俳優」という表現で括るのはどうかと思いますが、それぞれの役が憑依するような名演ばかりですね。

2022/03/10 (Thu) 00:11 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
>愛と哀しみの果て

>ギターマジシャンさんコメントありがとうございます<(_ _)>

ああ!イプセン~大好きです。『人形の家』大人になって読んだときに面白くて圧倒されました。女性が夫から解き放たれて…時代の中、自立していくというところはどこかしら同じ意思の表れを感じさせます。

さすがギターマジシャンさん、その記憶に記憶に間違いありません^-^そうなんです~。この年のアカデミー賞『カラーパープル』『愛と哀しみー』あとハリソン・フォードがアーミッシュの女性と愛しあう『刑事ジョン・ブック目撃者』が三つ巴の戦い。結局、圧勝したのが『愛と哀しみー』だったという!皮肉にも、3作品とも人種やら差別やら壁を越えて…生きるみたいなのがテーマで。。果たして…現代なら三つ巴の行方はどうなっていたのか?うーん興味ありますね。

メリルはどんな男優と組んでも、あらゆる役を演じても色とりどり。幾つになっても変わらぬ存在感がスゴイですね^-^彼女なら女優として年を重ねるのもちっともコワくなさそうです。

2022/03/11 (Fri) 21:39 | EDIT | REPLY |   

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