西城秀樹 BS伝説のコンサート放映! アイドルと洋楽のはざまを駆け抜けたスーパースター!

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「伝説のコンサート 西城秀樹デビュー50年スペシャル」 
10月2日(土)[BSプレミアム/BS4K]後7:30~10:48より放映されます。


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所有雑誌 1974年「明星」からフォト 情熱溢れ人気が爆発したころ。


『アイドルブーム全盛1972年にデビューした歌手・西城秀樹さん。情熱的な歌唱スタイルと激しいパフォーマンスで当時の日本の音楽シーンにかずかずの伝説を残した。


その“ヒデキ”が1972年3月25日のデビューから50年目を迎えるいま、スペシャル番組「伝説のコンサート 西城秀樹デビュー50年スペシャル」を放送。NHKに残る貴重な番組映像やスタジアムでのワンマンコンサート、名作ドラマや、ゆかりの深い関係者のインタビューをまじえながらその歩みをご紹介。約3時間半。伝説の武道館コンサートの模様も4K画質相当最新リマスター映像でお届けする』<番組解説より>


山口百恵、ゴダイゴなど伝説のライブ放映をし、大好評を博した番組。BSプレミアム・ライプにいよいよ今夜、昭和から平成にかけてこれまた知らない人はいなかった超スーパースター。西城秀樹が登場します。


先月、TV番組欄でこれを発見したときは、まさか!という驚きとウレシさで早々に予約を入れてしまった!


大スターだったに関わらず権利の問題か、も地上波でもっともっと取り上げていい人なのに…という想いが強い。当時からの熱烈なファンの方たちも、わたしのように昭和真っ只中に子供時代や青春を過ごした人たちにとっても、どこまでいっても特別な歌手=超アイドル。それが西城秀樹なのだ。


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「激しい恋」いま聴いても、イントロから持っていかれる。シビレルー! 作詞 安井かずみ 作曲 馬飼野康二 


わたしは70年代半ばまでの西城秀樹がいちばん斬新で好きなのかも。片足を上げるインパクトの躍動感溢れる振り付けは、いまも脳裏から消えることはない。ヒデキ~!ファンの掛け声「情熱の嵐」とともに永遠のレスポンス曲。



「激しい恋」 これが1974年のステージとは信じがたい。これぞロック!ファンがふるペンライト。熱狂!


以前の記事→「山口百恵 唯一無二のスーパー・アイドル」のなかでも少し触れたんですが、70年代~80年代を彩ったブラウン管の中のアイドルや歌手たちは特別なオーラを纏った蝶のように華やか。でもどこか神秘的。


触れようとしても…手の届かない神様からの特別な贈り物のようでしたね~。


それゆえに、、あまりに早すぎる旅立ちを知ったときは、、ショックで呆然に。


志村けんさんのときもそうだったけれど、幼きころから地上にいて当たり前の人。西城秀樹の場合は、とくに年代こそ違うものの、明らかに同じ時代を生きたスターだった。


いままでは、ずっと年上の著名人か海外の遠い地のスターの訃報に触れ悲観していたことも多くあったけれど、、


ー秀樹の訃報はおなじ時代の世代の日本のスターが消えてしまった。そんなはじめて痛感したような言いようのない悲しさがこみあげてきて、ただ、ただ辛かった、、。


あのときは、ちょうどブログも休止していたころ。もし更新していても悲しすぎて逆になにも書けなかったと思うんですよ。


けれどーその気持ちはわたしだけでは決してなかったようでした。


会った知人や、行きつけの美容室のお姉さん、友人たちも同様にみんなズシーンと、、落ち込んでいた。


とくに顕著だったのが、ネットの中。とくに旅立ちから告別式までの間の行き場のない悲しみ。長年のファンはもちろん、失ってはじめて青春の輝きに気付き、感謝したくなった人。新規ファン、ブーメランで戻ってきた元ファン。男も女も含めて。


みーんながあの頃の思い出が突然吹き出したように、当時の歌謡界、新旧アイドル論争にまで発展。さまざまな議論までに発展したくらいに。


痛感したのは、、


昭和40年以降にまぶしい思い出を重ねた人にとり、西城秀樹がどれだけ大きな存在だったのかということ。


またーわたし自身が訃報の数年まえから、西城秀樹というシンガーから、若い時ときとはまた違う「勇気」を貰っていたことも大きかった。


その瞬間は、、、フイに訪れたのです!


2014年、youtubeが、Google play Musicとまだ連携していていない前だった。西城秀樹は病気と闘いながら、同窓会コンサートで懸命にライブ活動をしていたとき。芸能の話題の中心から彼のことが少しだけ上がらなくなっていたころ。


そのころ、わたしは仕事の疲れがたまった休日など、ぼんやりと昔の洋楽や歌謡曲、アイドルの動画見て癒されていた。


そんないつもの夜、たまたま一本の動画を見つけて、、。


それはー70年代に夜ヒットで『若き獅子たちを』熱唱する西城秀樹の姿!


後方から吹く風に髪をなびかせ歌うダイナミックな歌唱力と立ち姿。なぜか、しらずのうちに涙が出てきてしまい、全身に鳥肌が立ってしまうという。



『若き獅子たち』西城秀樹 わたしが見た出演時のものなのか分からないけれど、いまもUPされています。


動画を見たときつくづく思いましたね~!  


わたしたちは、昭和時代。なんてクオリティの高いアイドルを見ていたのだろう、ってことを。


信じられないことに、、そのときの動画回数は思いのほか少なかった。


コメントも2つほどついているだけ。わたしは思わず「感動しました。こんないい曲がもっと広まってほしい!」とか、なにかそれに似たコメントをしたほど熱くなってしまい、、、西城秀樹がこんなに素晴らしいシンガーだったということを伝えたい、大きく再評価されてほしい。願いにも近い気持ちだったことを覚えています!


そんな、、わたしの中で再び゛西城秀樹゛の存在が大きくなったとき。ある特別番組がBSフジで放映されたのも大きかったー。


ー2015年。西城秀樹が還暦になった年のこと!


グッド・タイミングというべきー洋楽&ハード・ロック評論家でお馴染みの伊藤政則と西城秀樹が、ロック・スピリッツを中心に、西城秀樹の歴史を振りかえるというトークスペシャル番組。


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『ヒデキ カンレキ!』 スペシャル 全盛期ライブ映像大特集


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僕の音楽歴はベンチャーズから。のちにストーンズ、シカゴへ。兄貴の影響から最初に組んだバンドではべース。はじめはインストゥルメンタル。次にジミ・ヘンのコピー。ウッドストックに影響されのが、プロになってからの野外ライブににつながった』と話す秀樹。病気の後遺症もあるなかで懸命に一語、一語、話してくれた。ロックが心底から好きな秀樹。


そして、、番組の中で紹介され、ド肝を抜かれてしまったのが、、、


1975年7月20日。富士山麓緑の休暇村の特設ステージにて、、、


西城秀樹が、日本歌謡史上初の大規模野外コンサートを開催した記録ライブ映像!!


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映像は同年『ブロウアップ・ヒデキ』という映画にもなり松竹より公開も。ウッド・ストックに影響を受け秀樹が企画を持っていったという。秀樹はジョー・コッカー、女性ならジャニスが最高だったと語る。


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ドキュメントとしても75年の記録映像としても価値がある。


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伊藤政則も映像を見て驚愕したというステージ!!75年!政則も『ウッド・ストックからまだ5年ですよ!?当時、ダレも考えなかったでしょ。いまでいうフジロックやサマソニの、まさしく秀樹さんが走りですよ!』と絶賛。


野球場で単独ライブをしたのも秀樹が最初。


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ヘリコプターからクレーンで登場! いまは到底、観客の上をいくクレーン演出は許可は下りないという。


政則いわく『これ、のちのボン・ジョヴィやキッスより秀樹さんの方が先。10年くらい早いですよ!』日本の野外フェスティバル・ロックコンサートの先駆けとなったライブ。


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野外が暗くなりステージ上で倒れ込むまで謳いあげた渾身のステージ。それにしても、大胆でファッショナブルな衣装。もしかすると現代より、ずっと責めている。それが抜群に似合ってしまう長身スタイルも時代を超越しているのですよね。


ライブ設定だけにとどまらず、ステージ上では洋楽カヴァーも積極的に導入。


洋楽もたくさん聴き、良いものは彼自身が早耳で取り入れていたという。Y&Tのフォーエバーや、また『グランド・ファンクのカヴァーを日本人でやったのは、秀樹さんと沢田研二さんくらいじゃないですか?』と政則。秀樹自身は、憧れはロッド・スチュワートだったと語る。


ロッド『セイリング』などもライブで披露。個人的に秀樹に『アイム・セクシー』などもカヴァーしてほしかったと思うのはわたしだけでしょうか。


70年代後半ー刺激的でセクシーなスタイルをまんまカヴァー出来るのは西城秀樹ただ一人だったようにいまは感じているのです(もちジュリーもいいけれど、ロッドのワイルドさ+という点で)


いいえ。もしかするとー古今東西、日本にもいない…(いなかった)かも知れない。ストーンズ『悲しみのアンジー』グラハム・ボネット『ナイト・ゲーム』などもライブではドンピシャカヴァー。


ーけれど、西城秀樹自身がいちばん好きな曲は?と政則氏に聴かれ答えたのは、やはり「傷だらけのローラ


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最後まで言葉通りの生き方を貫いてくれたヴォーカリスト。生粋の歌手。超がつくスーパーアイドル!ヒデキ!!


洋楽ロックもバラードもライブでは歌いこなした幅の広さ。


けれどー彼の人生を振り返ったとき、生涯の歌人生は自分をいつもこころから応援してくれるファンのためにあったように感じます。病と闘いながら、ステージに立ち、最後まで真正面から真っすぐな生き方を貫いた姿勢。


ーそれは常に自分を愛し、応援してくれるファンのためにいちばん届く歌を歌い続けたかったからではないか、って。揺るがなかった。


これだけ奥に筋金入りのロック魂があった人。例えば、行こうと思ったら、よりRock側へも行けたのかも知れず。


西城秀樹のパワフル、情熱的、歌謡曲の枠に収まり切らない個性があるからこそ。誤解を恐れずにいえばーアイドルから大人のシンガーへ。どんな楽曲を聴衆に届けたらよいのか、どちらのスタンスへ行くべきか、本人もスタッフも思考を重ねたときもきっとあったことでしょう。


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『勇気があれば』1979年発売。「YOUNG MAN (Y.M.C.A.) 」「ホップ・ステップ・ジャンプ」に次ぐシングル曲。


「YOUNG MAN (Y.M.C.A.) 」がカヴァー曲だったため、レコ大で争われたのはこの曲。たとえばいま60代の現役歌手が歌ってもなんら遜色ないスケールの大きなバラード。いま歌ってくれるなら、さらなる年齢を重ね、秀樹の歌唱は熟し、より魅力的な歌唱を届けてくれただろう。


いろいろ一音楽ファンとして楽曲に関しては想うところもあるのですよ。もし、もしもです。


彼の所属したレコード会社がもしソニーだったら?もっと冒険が出来たんじゃないだろうか、とか。たとえばオリジナル・アルバムにしても、一般的に評価されてもいい作品が数枚は制作できていたのじゃないかと過去に対しても思いは勝手に膨らんてゆく。


しかしーそれも全部、たら、れば、、の話。


最後までステージ上で歌い続けてくれた大ヒット曲「YOUNG MAN (Y.M.C.A.) 」闘病中もリハビリを欠かさず、感動的な歌声を届けてくれた「若き獅子たち」 永遠の名曲「ブルースカイブルー」 西城秀樹はそこにこだわった。


ファンに捧げる歌声、アイドルを貫き、誠意を届けてくれた。どんなジャンルも自分のものにしてしまい歌いこなすその卓越した歌唱は永久に消えることはない。


永遠に代わりが効かない人。それが歌手、西城秀樹。


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明日は前半は貴重映像。後半は上の85年武道館コンサートがリマスターされ放映される予定だそう。円熟味の増したステージが見られそう。


円熟といえばー2000年。西城秀樹がお元気なころ、ちょうど40代半ば、東京厚生年金会館で行ったライブ『Bailamos 2000』(バイラモス・2000)も本当に素晴らしかった。


機会あればぜひ見てみて下さい。はだけたシャツに短髪。ほのかに香る大人の色気とラテンを意識した情熱的な歌声。セクシーと男らしさ満開のパフォーマンスは一見の価値あり! 日本を超えたエンターティナーであり、希少なシンガーだったと心底思う。


日本にロックでも演歌でもない。歌謡曲というジャンルでこれほど完璧なパフォーマンスをするシンガーは存在しない。西城秀樹という人がいかに貴重なシンガーだったことが伺えるライブ。


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西城秀樹というスターがいた時代を一緒に体験できたことに、こころから感謝を。ヒデキ~ほんとうにありがとう。


明日、、いいえ記事を書いているうちにもう土曜、当日に。皮肉なことに旅立ってからは辛くほとんど観なおさずにきた政則氏との番組。


ーあらためて見直すと、あらためて屈指のスターだったと認識させられて。早いもので番組放映から約6年。逆に寂しさが増し、数年は曲を聴いたりするのが悲しかったときも。


けれど-いま時を経て、多くの人たちにとってのスーパースターだった新たな秀樹伝説のはじまりのような気がしています。ファンの方の想いがきっと今夜の放映につながったと思う。今回の記事がすこしだけでも多くの人の知る情報になりますように。





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Comments 4

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しろくろshow  
まさに今録画中

こんばんは。

わたしもこの特番録画中です。今は裏のテレ東寅さん特番の再放送を見ているので( ̄。 ̄;)終わったら見るつもりでいますが今日はその後の歴史ヒストリアも仮面ライダーですし、なんだか昭和感の強い夜になりましたよね。

ちなみにですがファーストヒデキsongは私の場合♪情熱の嵐 でした。

2021/10/02 (Sat) 20:20 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
Re: まさに今録画中

>しろくろShowさん
コメントありがとうございます<(_ _)>


昨日、秀樹の番組のあとに「仮面ライダー」の文字が!
しろくろshowさんなら絶対に見逃さないだろうって思っていました~^^*

BS西城秀樹特集!
ただ、ただ圧巻でした! Twitterでもスゴイことになっていましたね。
とくに武道館ライブの中盤~終盤にかけての熱唱とステージング。
あのとき30歳ですって!百恵ちゃんと一緒で字幕など一切なしで聞き取れますものね。
ぜひこれも地上波で流して多くの人に見てもらいたいですね。

仮面ライダー制作50周年。秀樹デビューから50年。寅さんも誕生から50年超え。
TVも日本もいちばん元気な時代をリアルで体感できたこと。
(その時はその貴重さに気づくはずもなかったんですけどゞ)わたしたちは幸せでしたね^-^

2021/10/03 (Sun) 10:17 | EDIT | REPLY |   
ギターマジシャン  
西城秀樹

仮面ライダーを予約録画する際、番組表に西城秀樹の特集を見つけて、これも録画だとクリックしたら、すでに同じ時間帯に家族が2本の予約を入れていて予約不可、先日の山口百恵と同様に、反響が多ければ、再放送があるだろうとあきらめました。

西城秀樹は、もともとドラムを叩いていましたし、ライブでのロックのカバーも素晴らしくて、キングクリムゾンまでやっていたのは驚きで、歌謡曲のカテゴリーに収まらない実力派として、もっともっと評価されても良かったと思います。

2021/10/03 (Sun) 18:06 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
Re: 西城秀樹

>ギターマジシャンさん
コメントありがとうございます<(_ _)>

球場ライブでのクリムゾン「エピタフ」カヴァーはまさに伝説ですよね^^*

あの時代のアイドルは二十歳過ぎれば大人へ脱皮しなければ!みたいな法則があって結局その辺りでみんな迷走してしてしまいましたよね。

秀樹もYOUNG MANから80年代シングルをずっと聴いていくと分かるんですけれど、どんな曲をヴォーカリスト秀樹に歌わせたらいいのか、スタッフも悩み、秀樹本人も思考錯誤していたらしいです。あのとき30代でフリオ・イグレシアス系やバリー・マニロウなんかともやってましたけど、ホントはまだまたバリバリのロック系で責めることできた年齢。戦後の大御所もまだ健在だったし若手アイドルたちの出現もあったし…西城秀樹は歌の実力もあるのに、なかなか正当な評価がされにくい時代でしたね。

むしろ90年代に入って吹っ切れて織田哲郎と組んだりロックアルバム出したり好きなことやろうって楽しそうでした。やりたいことと年齢がやっと追いついたみたいな!今後ますます評価が高まるように思います。改めてあんな類まれな歌い手はいまの日本にはいない~

PS家族で見たいものが重なるとHDD録画出来ないですよね^^わたしもいまだジャンケンして録画順位決めたりします。ギターマジシャンさんのためにも地上波放映がありますように♪

2021/10/04 (Mon) 21:55 | EDIT | REPLY |   

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