「ベストヒットUSA」番組誕生40周年!&小林克也80歳バースディ記念番組放映

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ベストヒットUSA」が今年放映開始から40年! 小林克也80歳バースディを迎え、このたびBS朝日で2時間にわたる記念スペシャル番組が放映されました。

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ベストヒットUSA」といえば、80年代洋楽フリークだけでなく、まだMTVさえ未知数の時代に、世の中に洋楽の素晴らしさを一般的に広めてくれた超人気番組。わたしも当時どれだけこの番組をチェックするのが楽しみだったか。特に80年代半ばくらいまでこの番組の果たした役割は大きく、チャートも含め海外アーティストの存在をグーンッ!とわたしたち日本人にも身近に感じさせてくれたのでした。


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ここ数年はずっとBS放映。正直いまは偶然か、たまに拝見する程度。ごく当たり前にチャート情報も、YoutubeでアーティストのPVも好き放題に見れる近年。自然に番組から遠のいていた。しかし今回「40周年記念!小林克也80歳記念スペシャル」とガイド誌で知ってからは、ずっと心待ちにしていたのだ。見た感想はーあらためて克也さんに感謝! 時代を彩った数々のビッグ・アーティストたちの生出演場面など、番組の長い歴史にあらためてジーンとしてしまった。


なんといっても、まず最初に感激してしまったのは、ボン・ジョヴィの歴史をジョン本人と共に振り返る、20分以上にわたるリモートインタビュー!! 

いやあ~人は、こんなステキに年を重ねられるものなんですね。

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克也さんとジョン・ボン・ジョヴィ 夢のリモート対談


小林 「やあ、ジョン元気にしてた?」 ジョン「あー、こんな状況の中では頑張っているよ」長年の友情が培われてか、とってもフレンドリーな二人。コロナ禍でバンド・メンバーとは昨年8月から会えず。キーボードのディヴィッド他関係者3人は感染してしまい、大変だったとのこと。その中でジョン自身は曲作り、またヴォイス・トレーニングは毎日欠かさない日課だといいます。



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約40年前「ベストヒットUSA」初出演時の映像。ヤンチャたっぷり若き自分の姿。それを見つめるいま59歳ジョンの優しい笑顔。つい先日バイデン大統領の祝賀パフォーマンスをちらっと見た時は、一瞬だったせいか、ジョンも老けたかなぁと思っていたけど、いや、ここで思いっきり訂正します! ジョンは、こんなにナチュラルな魅力を倍化させていた。


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克也「ジョンどう? 84年だよ」 ジョン「40年前だよね ワオ! デビュー・アルバムを出し、初めて日本に行きゴールドも獲得した。野外フェスの前座もやり、やる気満々だった。とても若かったし自信もあり一生懸命に努力もしたよ。85年来日時には1000人くらいの小さな会場だったけど単独ツアーもできたし、いろいろなことを思い出すとノスタルジックになるよ」


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「すごい年月だね」思わず二人で拍手パチパチ。 
そして「3rd Albumが、僕たちの人生を永遠に変えたんだ」


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3rd Album「Slippery When Wet」邦題「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」 全米8週連続1位。このアルバムは僕たちにとって「スリラー」であり「ボーン・イン・ザ・USA」だったと語るジョン。


私も聴きまくりましたヨ。当時、ほとんどの洋楽ファン、および、巷のヤンキー兄ちゃんまで?車でガンガンかけていたくらい。売れに売れまくり、80年代半ばから始まるハード・ロック。メタルブームの口火を切ったアルバム。


このアルバムは自分たちで曲も書いたが、そこには他にも様々な協力者もいたと語るジョン。

「プロデューサーであり、バンドをしていたデズモンド・チャイルド。またブルース・フェアバーンは時代を代表するプロデューサーとなったよ。録音したバンクーバーの街をも変え、あらゆるロック・バンドが僕らのスタジオでレコーディングするようになった。AC/DC、ヴァン・ヘイレン、エアロ・スミス、メタリカ。そんなデズモンドと一緒に共同シングルにした最初のナンバーが、あの大ヒット曲だったんだ。」

↓その大ヒット曲がコレです。
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「Living' On A Prayer」 言わずとしれた80年代を代表するスーパーヒット曲。再生回数は現時点で7億回を超える。


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↑次作「New Jersey」も大ヒット。これは当時、購入したピクチャー・アルバム。懐かしい-。なぜ捨てられないのか。コレ、実はわたしがCDコンポを初購入したとき、初めて手にしたCD。思い入れもあり、なかなか断捨離できないまま(^^)ゞそれに、なんだかんだでいい曲がてんこもり。絶頂期ボン・ジョヴィ・サウンドがぜんぶつまっている。89年には来日公演にも行きました!


しかしジョン曰く、「そのあとは長年200箇所以上のツアーなどで疲労困憊。放心状態となり、メンバーとも少し距離を置くようになった。ソロとして俳優をしたのちに、5枚目「Keep The Faith」で再び終結。だがそのとき僕らは髪の毛も短くした。あのときから他のハンドと僕たちと一線を画した」という。


ちょうどわたしも洋楽において聴くジャンルがR&Bへ浸透していった時期。なのでボン・ジョヴィやハード・ロックから離れてしまった。チャートも過渡期に入り、いつのまにかあんなに売れまくっていたメタルブームも少しずつ沈静化していったころである。


あれから一線で、ずっと活躍してきたジョン。

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克也「でも、ほんといい歳のとり方をしたと思うよ」 ジョン「そうだね。ずっと自分を飾らずにやってきた。間違いなく歳をとった。だけど、いい歳のとり方をしたと思う。長い年月が流れたけど、自分のやってきたことを誇りに思ってる。今も続けられて光栄だよ」


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ジョン 「20代半ばまで僕の目標はロック・バンドで歌うことだった。けれど、50歳でただそれだけだったら、すごく薄っぺらい人生だったと思う。いまのぼくはもっと深い内容の曲を作りたい。色々な世界も見てきた。ロック・バンドの人気シンガーであることなどはもう経験ずみだ。60も近い今、もっと深いことを言えなかったら、自分に失望すると思う」


思い返すと、ジョンは人気が過熱した若い時期から、どこか地に足がついていた。


そんなジョンを垣間見て、わたしがいつも思い出すのが彼が結婚した時のエピソード。80年代、ジョンは若くルックスもいい。当然どこにいっても熱狂的なファンに囲まれていた。もちろん世界中にグルーピーも数えられないほど存在し、女優のダイアン・レインと噂になったこともある。

しかしーそんな絶頂期89年。ジョンは旅先グレイスランドのチャペルにて、高校時代の同級生ドロシアさんとサ~ッと挙式をあげてしまったのだ。その頃バンドの恋人というとスーパー・モデルや派手な人気女優がステイタス。そんな中にあり、そういった華やかさからは少し遠いルックスでもあったドロシアさんとの結婚。世界中から大バッシング。ファンからの嫉妬対象となり、購入していた「ミュージック・ライフ」誌でもドロシアさんの容姿を中傷した一部ファンの見苦しい怒りの声が掲載されたり、ジェラシーの渦だった。


けれど、ジョンはそのドロシアさんと結婚30年! いまでも仲睦まじく一人娘と4人の男の子に恵まれ幸せに家庭生活を営んでいる。「ぼくは、ロックやってる中では珍しく結婚生活長期間の象徴になっちゃった。ありがたくその称号をいただくよ」と言っている。退廃的や破滅的だけが決してロックの定義じゃない。 幸せな家族や自然体で生きることもロックなんだとジョンを見てそう思う。



「Story of love」 2020年。その結晶ともいえるのが、昨年発売されたこの曲。懐かしき家族フィルム。愛に溢れる、こんなに温かい曲を歌うなんて若いころのジョンからすると信じられない。深いヴォーカルも味わい深く。シルバー世代。ナチュラルなグレイヘア。 皺のひとつひとつまで魅力的。 なんてステキなんでしょう。 


人が生きていくとき。いい歳を重ねるか、重ねられないか。どこで決まるんだろう。ジョンを見て感動し、しばし考えてしまった。自分自身も頑張らなきゃなあ。いろんなことを教えられた気がする。


今回は記念番組として、ほかの過去出演アーティストたちの秘蔵映像も満載。


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1983年 ホール&オーツ 「ルーツはフィラデルフィアだけど、僕らはそこに止まってはいない」2005年にも出演。番組の常連。


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ビックリ!! クラッシュのポール・シムノンも出演していたとは。「ベストヒットUSA」は旬のアーティストをバンバン出していたんですね。日本で洋楽が邦楽と肩を並べる人気だったころ。やっぱり魔法のような番組だったんだ。

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ぷっくりしていた「コントロール」のころのジャネット・ジャクソン。この後「リズム・ネイション1814」兄に並ぶ超ビッグスターに。


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オジー、元セックス・ピストルズP.I.Lジョン・ライドンも。よく出演してくれたなあ。しかも思いっきり楽しんでいるし。克也さんの巧みな英語力と引き出し力のおかげのような気もしますね。


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サンタナの自宅にも訪問。いまとなっては本当に贅沢な番組でした。

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「わたしの友達 克也さん80歳お誕生日おめでとうございます!」アース・ウィンド・ファイヤのヴァーダイン・ホワイトからもお祝い。

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a-haも人気絶頂のころ出演! ノルウェー出身、80年代を代表する彼ら最大のヒット曲といえば「Take on me」 このプロモはMTV歴史における革命を起こしましたね。


a-ha 「Take on me」 再生回数12億回! 80年代プロモとしては破格なのだ。最近4K版に変更されたのもプロモの衰えない人気を反映。たしかにいま見ても夢中になってしまうワクワク感。アニメと実写融合など初めて見る感覚だった。個人的には修学旅行か遠足か。バスの中、ガイドさんがリクエストに応え、この曲と松田聖子「ボーイの季節」ばかり繰り返し流してくれて、そのおかげかコレを聴くとひときわあの頃にタイムスリップしてしまう。

ほかにも、デュラン・デュラン、マドンナ、ジェネシス、ヒューイ・ルイスなど懐かしい出演場面が紹介され、洋楽黄金期の思い出。

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ベストヒットUSA 40周年と小林克也80歳記念ライブ」も開催。ハッピー・バースディ♪克也さん。

変わらぬ流暢な英語力。機敏なおしゃべりなど、80歳とは思えない姿に感涙。数年前に大病をされその時は少し心配したけれど完全復活。どれだけホッとしたことでしょう。やっぱり40年続けるって並大抵じゃない。

日本の洋楽シーンに、小林克也さんが果たした役割はとんでもなく大きいと思う。ペラペラと海外ミュージシャンと気持ちよく会話する小林克也は、幼き自分にとっては夢の人だった。

あの時代に夢中で見てた世代も今ではきっとアラフォー以上。いまだに洋楽にどっぷりつかってることの気持ちよさ。こんな肌感覚を心に体に、自然に身につけさせてくれた人。

いまこれだけ物おじせず知識も豊富。DJとしても一流。アーティストと互角にフレンドリーにトークできる司会者が果たして何人いるのだろう。豪華な企画ができたのも小林克也さんならでは。それにしても洋楽評論家や関係者はみなさん若々しく、いつまでもお元気な方が多い。やっぱり好きなことやってるって大きいんだ。今回も番組ラストはビリー・アイリッシュで閉めてくれました。若い感覚も忘れません。

小林克也 「マイケルのスリラーを日本でいちばん最初にノーカット放映したのはこの番組です」 これがいちばんの自慢だそうです!   

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小林克也さん、これからもいつまでも、いつまでもお元気で。


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Comments 4

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ももPAPA  

こんばんわ♪

ベストヒットUSA 今も観ています。
小林克也さん もうそんなお年になられたんだな~って感慨深い思いで観ていました。
お年は召されても、洋楽を愛する熱いハートは今も健在ですね。
伊藤政則さんのロックTVもよく観ています。

ボン・ジョヴィを初めて聴いたのは、あの "イッツ マイ ライフ"でした。衝撃でした。
https://www.youtube.com/watch?v=vx2u5uUu3DE

その年はちょうど 愛犬チヨを迎えた年(2009年)でした。
その後、 アルバム "クラッシュ" 遡って"ワイルド イン ザ ストリーツ" そして "ロスト ハイウェイ" と手にし 車のコンポをビルトインしたのもその年で、ブログはその2年ほど前から書いてはいましたが、本気で書き始めたのもこの年でした。

この、Livin' On A Prayer もよく聴いた曲で、トーキング・モジュレーターまで買ってギターフレーズのコピーにチャレンジしたものです。
https://www.youtube.com/watch?v=lDK9QqIzhwk

チヨのことを思い返すと、この頃のことが浮かんできて 思い出は宝物になっています。  

2021/04/13 (Tue) 22:27 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
Re: タイトルなし


>ももPAPAさま


2009年と言いますと、ボン・ジョヴィが第二全盛期に突入した頃ですね^^*
そう思うと本当に息の長いバンドですね。


大衆Rockなど揶揄された時期もありましたけれど、そんな言葉を見事に覆し、いまの結果がすべてを表していると思います。ずっと現役で世界ツアー。グラミー賞、新曲リリース。Rockはもう終焉したという人もいますが、彼らのようなベテラン勢はもちろん若手も頑張っていますよね。伊藤政則さんも若いですよね! わたしも好きなラインナップ時はロックTV見ています。政則さん何年も前からずっと歳とってないような^^ウラヤマシイ~


2009年。12年前というと響きは昔のようで、つい最近のことのようにも思えて。愛犬との生活は一年、一年がとても濃く大切な時間。自分のその時の生活と、ひとつひとつとシンクロしますよね。その時聴いていた音楽や一緒に通った風景。チヨちゃんとの思い出もずっとかけがえのないもの。季節ごとに思い出し生活に溶け込んでいるのですね。コメントいつもありがとうございますm(__)m 

2021/04/14 (Wed) 20:53 | EDIT | REPLY |   
ギターマジシャン  
ベストヒットUSA

最初に番組を知った時は、ラジオの全米トップ40のテレビ版くらいに思っていたのですが、まだMTVなどがない頃に、海外のプロモーションビデオを流してくれるのが、すごく貴重に感じて、あまり熱心ではないものの、たまに見ていました。

いつものビートルズの話になりますが、ビートルズ時代にしても、ジョンやポールがソロになってからにしても、いわゆるプロモーションビデオは、フィルム上映会でしか見れなかったし、その後、銀座ナウの洋楽コーナーでもクイーンなどが流れるようになりましたが、海外では歌謡曲の生歌の番組を見るように、ビデオが当たり前に放送されているだろうかと、うらやましかったです。

「スリラー」は、本当、ベストヒットUSAで放送されることが、かなり話題になり、自分も見逃さないよう、早いうちからテレビの前に陣取っていました。

単に曲を歌うのではなく、前後に寸劇のようなものがあって、まるで映画のようで、すごく感動しましたし、見ていて楽しかったです。

これまた、あとで思ったのが、ビートルズの失敗作と言われた「マジカル・ミステリー・ツアー」は、訳の分からないやりとりやシュールな演奏シーンも含めて、偉大なMTVじゃないかと言いたくなります。

それにしても、こうしてm-pon5さんが紹介されてるアーティストの面々は、ものすごい人たちばかりで、長い歴史のある偉大な番組だと思うと同時に、やはり、昔は良かったなあとため息が出ます。

2021/04/17 (Sat) 21:01 | EDIT | REPLY |   
m-pon5
m-pon5  
Re: ベストヒットUSA


>ギターマジシャンさま


MTV以前は、ビートルズのプロモを見るのも本当に貴重でしたね! 
ギターマジシャンさんと一緒で、わたしも友達とフィルムコンサートに行き、いま考えるととんでもないノイズだらけのバチバチ画像を、それでも震えるくらい大感激で見ていたのが懐かしいです。


銀座ナウが見れた環境がサスガです~
こちらは洋楽番組が皆無で(汗) 当時放映されていた「ヤング オーオー!」(若いころのさんまとか出ていた番組)中の五分くらいの洋楽コーナーか、あとは11PMでたまにやっていた洋楽特集を、親に隠れてコソッ~と見てチェックしていました( *´艸`)


「ベストヒットUSA」とマイケルのスリラーから、おっしゃる通りガラッと日本の洋楽シーンが変化しましたね。『スリラー』がグラミー賞を獲得した時は「ベストヒットUSA」が拡大独占放映。ゴールデンタイムで衛星生中継をしてくれて、翌日クラスでもその話題一色になりました。日本でも洋楽邦楽同一チャートに上がるというスゴイ時代へ突入~幸せなくらい巷で洋楽ヒットが溢れていましたね。


番組中に全米チャート(R&R)を紹介してくれたのもスゴク有難かったです。当時のわたしはそれまではチャートといいますと、レコード店へ行くたび、柱に貼ってあるBillboardチャート紙を毎回チェックして「あー!今週はポールのカミング・アップが1位だー」とか。いま思うと信じられないアナログ巡回ですよね(^^;

「マジカル・ミステリー・ツアー」はいま見ても新鮮ですねー!サイケでカラフル。お洒落で。あれを50年以上前にやっていたなんて、音楽だけでなくその先鋭的感覚には音楽も含めて改めてビックリします~

多様性の時代もあるのか、垣根がなくなったといえばよいのか。いまはどちらかというと洋低邦高という感じなのがちょっぴり寂しいです。日本中の誰しもが知ってる洋楽スターや特大ヒット曲。またそんな時代がきたら楽しいだろうなあって思います。

コメントありがとうございます(*^-^*) 春爛漫。こんなに良い季節。早く日本中のコロナ禍が収まりますように。

2021/04/18 (Sun) 20:45 | EDIT | REPLY |   

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